赤い糸が繋がるまで


自然消滅って何よ。それはずっと私にとって疑問だった。恋愛における自然消滅って、どこまでが続いていることになって、どこからが終わったことになるの。意味がわからないわ、と私は中学生の頃そう考えていた。その自然消滅を経験した友達は、「ヒトはいつ自分がコドモじゃなくなったかわからないし、はっきりした境界線ってないじゃない。それと一緒」と言っていたが、それとこれとでは違う気がする。連絡も取らないで付き合い続ける意味がわからないし、別れるならちゃんと言葉にするべきだ。とにかく私にとって自然消滅という概念は不可解でならなかった。



高校生になって、私は初めて本気で人を好きになった。今までの恋なんて、あら彼イケメンじゃない、好きかも、なんてふわふわと不安定な感情だったが、今回は違った。彼が好きだって一日に何回も思って、胸が苦しくなったりした。その相手は倉持洋一という男の子で、野球部のレギュラーで、なんだか近寄り難い人だった。頑張って話しかけてみたりして、彼の新しい一面が見られるたびに死ぬほど嬉しかったりした。「好きだ…お前のこと」それがある日突然、彼の方から告白してきて、私は夢なんじゃないかと自分の頬をつねった。単に、他の女の子たちよりかは彼と仲がいいことに満足していた私には、思ってもみないことだった。初めて、真剣に付き合った彼氏だった。来る日も来る日も彼のことばかり考えていた。



「なあ」

「…洋一」



振り返ると洋一が口を結んで立っていた。ブレザーの胸に刺さった花があまりに彼に似合わなかったので、少し笑いそうになった。いつも誰かと話す彼の声を聞いていたが、自分に向けられる彼の声はひさしぶりだった。どうしてだろう、こうも違うように聞こえるのは。卒業式が終わった後、洋一に呼び出されて学校の近くの公園にいた。二人は向かい合ったけど、何も言えなくて少し沈黙が流れた。



「…お前、関西の大学だってな」

「うん…洋一は東京だよね」

「おう」

「お互い、卒業おめでとう」



言いたいことはいくらでも他にあるのに、無難な言葉しか出て来ない。野球部の練習が忙しくてあまり連絡を取り合わなくなって、学年が上がってクラスも分かれて、顔すらほとんど会わせなくなっていた私たちの関係を、もう何と呼んでいいかわからなくなっていた。昔あれほど理解に苦しんだ「自然消滅」が起きたことを胸を張って否定することもできずに、私は頭を抱えて涙を堪えたことが何度もあった。「自然消滅」は自分が考えているほど単純ではなかった。連絡を取りもせず付き合い続けていたのは、彼が忙しいだろうと遠慮していたからだ。別れを言葉にしなかったのは、彼の甲子園を目指すことを中心に回る生活に波風を立てたくなかったからだ。そして何より、彼が、洋一が好きだったのだ。



「俺は、お前のこと、嫌いになったことなんかないぜ」

「わかってるよ」

「名前は」

「私だってないよ」

「そうか」



二人の声は子どもたちの声が遠くに響く公園に虚しく響いた。わかっていた、なんとなく。洋一が私を嫌いになったわけじゃないと。「俺たちって、付き合ってんのか、まだ」と彼が神妙な面持ちで聞いてきて、「消滅」したと思っていた私は驚いた。意外だと思った。少し言葉に詰まってから「ごめん…私にはよくわからない」と答えた。洋一は「なんだそれ」と言って、そして乾いた笑い声がする。いつもの甲高い笑いではなく、弱々しかった。



「どの口が言ってんだって思われるかもしんねぇけど、俺はお前が好きだよ」

「・・・」

「俺が悪かった。未熟だし、彼女とどう関わっていいかとかわからなかったんだよ。お前の青春、奪ったみたいで悪いと思ってるし…でもお前が好きだから、別れるとか考えらんなかった」

「大丈夫だよ、もう」

「だから、俺はいつかしっかり成長してからお前を迎えに行く」

「…え、」

「待たなくていい。お前に新しい彼氏ができたら奪いに行くし、お前が俺を選ばないなら、それはそれだ」



言ってる意味がわからなかった。唖然としていると洋一がゆっくりと近づいてきて、私を抱きしめた。懐かしい、洋一の匂いがした。ぎゅうと腕に力を込める洋一はなんだか小さく感じた。「名前、ごめんな、好きだ」耳元でする声に涙が出そうになる。洋一の腕が名残惜しそうに私から離れて、彼は素早く背を向けて歩き出した。その背中に叫ぶ。「待ってるよ、私、待ってるから」洋一は振り返らずに右手を上げただけだった。消滅は、ないと思った。人の気持ちの消滅など、簡単には有り得ない。洋一の体温をまだ覚えている両手を、そっと重ねた。






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僕の知らない世界でさまに提出です。
ありがとうございました。


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