うつくしい心臓


「純、いいよ本当に!自分で持てるから、ねえ」

「俺が持ちたいからいいっつってんだろ黙ってついて来い」



純は私がうんうん唸りながら持っていた二つの重い鞄を驚くほど軽々と持ってみせた。さっきまでの私が演技をしていたのではないかと思われそうで恥ずかしくなるほどだ。



「やっぱり男の子は違うねえ、力がすごいや」

「当たり前だろーが、こんなの朝飯前だ」



にやっと口角を上げる彼はやはりかっこいいと、今更ながらにときめいた。ほとんどの他の荷物はもう新居に送ってある。あとは貴重品やら何やら詰めた鞄を後で自分と共に持って行こうと思ったら、二つになった上にこんなに重いんじゃ情けがない。



「何番線の何号車だ」

「二番線の七号車。あっ、やった、窓際だ」

「よかったな」



平日の真昼、東京駅の新幹線のホームは思ったより人がたくさんいた。まあ、今の時期はみんな実家に帰ったりだとか、私のように何処かに移り住む人も多いのだろうな。純が私がはぐれないようにこまめに確かめてくれている。本当は手を繋ぎたいのに、純の両手を占拠してるのは私の荷物だった。



「ここでいいか」

「うん。純、荷物ありがとうね」

「いいっつってんだろ。あと十五分くらいか」

「そうだね」



私はこの春から、社会人生活を福岡で始める。やりたい業種に就くことができて文句なしだった、はずなのに、配属先が福岡と決まって私は青ざめた。いまだかつて旅行以外で関東圏から出たことのない私に、急に一人で見ず知らずの、それも九州という未踏の地に住むという事は不安でしかない。そして何より、彼氏の純と、どうしたらいいのかと絶望した。



「ったく春のくせにあちーな、クソ」



青空を睨みつけながらシャツを掴みぱたぱたとさせている彼を見ながら、なんだか胸が締めつけられた。純とはそれらしい話はしなかった。というのも、私の配属先に関する会話といえば「私、春から福岡だって」「ラーメンうまいとこだな。よかったな」と、それだけだった。遠距離恋愛は難しいと、友達に散々言われた(今も言われ続けている)し、重い口を開いて彼に言ったのに、あまりに反応が的外れで拍子抜けしてしまった。そこから暗い話に持っていく気にはなれなかった。



「ねえ純、私たち、もうお別れだよね」

「は?」



決断しなければと、ずっと思っていた。どんなに思いが強くても距離が離れているのではどうしようもないとか、相手を疑うようになってしまうとか、すれ違いが増えてケンカばかりになるとか、そんな話はたくさん聞いた。そしてそれがいかに双方に悪いことか、散々聞かされた。私はいい、純のせいで毎夜泣いたって、彼が好きだからいいと思った。でも、だからといって純の、彼の重荷にはなりたくなかった。



「何言ってんだお前」

「私は福岡で、純は東京で…今までみたいにはいかないよ…別れた方がお互いのためだよ、きっと…」



言いたいこと、伝えたいことの一割も言えていなかった。でも、言ったら涙がこぼれそうで、それでは未練たらたらなのがバレてしまいそうで、どうしようもなかった。新幹線に乗り込んだらもう終わりだ、と目を閉じた。



「馬鹿じゃねえかお前!そんなもんだったのかよ、お前の気持ちはよ!」



ホームに純の怒鳴り声が響いて、私は肩を震わせた。周りの人もみんな驚いたようにこちらを見ていた。しかし純はそんな視線も気にせずに、ただ私だけを真っすぐ見ていた。しかし、その鋭い目が急に動揺したように揺れたので、どうしたのかと思ったら、私の両目から生ぬるい涙が溢れ出ていた。



「悪い、泣かせるつもりは、なかった」



純の腕がゆっくり伸びてきて、私の体をゆっくりと抱きしめた。全てがスローモーションのようだった。私よりうんと背の高い純の心臓が脈打つ音がやけに大きく聞こえる。



「心配事が多いのはわかる。でも別れるだなんて言うんじゃねーよ。どうせお前のことだから俺に迷惑かけたくないとか思ってんだろ。違うって、それくらいわかれよ馬鹿」

「ん、」

「そんでどうせお前のことだから友達やらに遠距離は無理だって吹き込まれて信じ込んでんだろ。友達じゃなくて、俺を、俺らを信じろよ馬鹿。なあ」

「ん、」

「いつもみたいに馬鹿馬鹿言うなって怒れよ馬鹿」

「純ごめん、別れようだなんて言ってごめん」



涙が溢れて止まらない。耳元で純が小さく笑う声がして、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。純は私を放して正面から私の顔を見ると、「ばーか」と言いながら指で涙を拭ってくれて、キスをした。しばらく感じられないであろう純の温もりを、忘れないようにと必死だった。



「俺らなら大丈夫だ。心配すんなボケ」



乗車口のドアが閉じて、新幹線が動き出す。純が不敵に笑いながら手を振っているので、私は嗚咽を必死に抑えながら、手を振り返した。笑わなきゃ。涙を拭いながら笑う。そうだ、福岡についたら電話しよう。そう思って、私は移りゆく景色が見える窓に額を押しつけて彼を想った。






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はにかむボーイさまに提出です。
お題を見てすぐに思いついた話なのに書き終わってみたら関連性が見当たりません。
お粗末ですみません、ありがとうございました。


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