躓いた純情


私の好きな人はとても男らしくてかっこいいんだけど、少し恥ずかしがり屋で、あまり話したことがない。女の子からの人気は高いのに、いつ誰かの彼氏になってしまうのではないかという心配がないのは彼がものすごくシャイだから。だから、付き合えなくたって遠くから見ているだけでいいと思ってる。たまあに、何かの拍子に話したりするだけ。その時も彼は目も合わさずに控えめにものを言うだけだけど、私にはそれがたまらなく嬉しいから。



俺の好きな人はそんなに目立つタイプではないけれど、かわいくて優しい子だ。同じクラスなのにあまり話す機会もないし、仲がいいなんてことはないんだけど。たまに話した時の、彼女のはにかんだ笑顔が好きだ。黄瀬には散々「そんなんじゃだめっすよ!もっとがんがん行かないと!」と言われるたびに俺はやつを蹴り倒している。そんな風にいくわけがない。今の俺には目を合わせるのだけで精一杯だ。



その日は私と彼が日直だった。「じゃあ苗字と笠松、屋上にある苗取ってこい」と生物の先生に言われて私たちは屋上に向かった。今日は暑いね、そうだな、日焼いやだな、日焼け止め塗ったか。そんな会話をしながら階段を上る。近寄りすぎず、遠ざかりすぎず、二人の距離は微妙だ。生物の時間に私たちは植物の解剖をするため、自分たちで育てた苗を使う。よかった、今日が生物の授業がある日で。彼と日直の日に仕事があるのは、嬉しいことだ。



彼女と俺が日直の日に仕事を言いつけられることは嬉しいと同時にとても緊張することだった。先生に屋上に苗を取りに行くように言われて階段を上るけど、彼女との距離感をどうしていいかわからなくて、すこし離れてしまう。でもそれも感じが悪いかなんて思ってちょっと近づいてみる。難しい。手を伸ばせば届く距離に彼女はいるけど、触れられることはないし、俺にそんな勇気はない。屋上にあがると急に視界が光りに満たされて俺は目を細めた。



屋上は明るくて、太陽がものすごく近かった。きょろきょろとあたりを見渡せば、苗がちょこんちょこんと四つほど並んでいる。あれだね、と彼に言うと、彼は眩しそうに目を細めながら、そうだな、と答えた。彼は口数が少ない。何か私が面白い話でもできたら違ったんだろうけど、と少し落ち込む。苗の鉢に近づくと前に見た時よりかなり大きくなっていて少し嬉しくなった。屈んでそれを持ち上げようとしたその時、ぶわっと強い風が吹いた。



苗を見つけて嬉しそうに振り返る彼女に俺は笑い返すことさえできない。少し視線を逸らしながら返事すると彼女はもう何も言わずに苗に近づいた。四つあるかた二人で二つずつ持っていこう。そう思って彼女に近づくと急に強い風が吹いて、彼女のスカートがひらっと捲れた。色は黒、だった。ぶわっと顔が熱くなって俺は眩暈がしそうだった。彼女が慌ててスカートを押さえる。どうしてこうなったんだ、目線のやり場に困って俺は下を向いた。



風が吹いて私のスカートが盛大に捲れた。夏服だから生地も薄くて軽くて、捲れやすいのは確かだったんだけど。私は慌ててスカートを押さえたけど手遅れだったようで彼を振り返れば顔を真っ赤にして視線を逸らしていた。見られた…と絶望したが、すぐに安堵の声が出る。「よ、よかった、今日はスパッツ履いてて」思わず声に出て私はどぎまぎしてしまう。すると、なぜか彼ははは、と声をたてて笑っていた。



スカートが捲れて焦る彼女が急に「あ、よかった、今日はスパッツ履いてて」と言った。そして俺の思考がぐるんと回る。そうか、あれはパンツじゃなくてスパッツか、よかった…。何安心してるんだ、俺も、彼女も。急にその場の空気や状況が可笑しく思えて俺はなぜか笑ってしまっていた。彼女はそんな俺を見て目を丸くする。そして「やっと笑った、笠松くん」と口からこぼした。



私の言葉を聞いた彼は驚いたようだったけど、すぐに照れたようにもう一度はにかんだ。今日一緒にいて、やっと笑ってくれた。それが嬉しくて、私まで満面の笑みになっていくのを感じる。苗、持っていこう。そう彼は言いながら私に並んだ。さっき私のスカートの中を見てしまったせいかまだ顔が赤い。私がくすくすと笑ってしまうと、あんま笑うなよ、と彼が拗ねたように言って私はもっと彼が好きになったと思った。


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