綺麗に瞬きする人でした


※ファンタジー要素を含みます。
苦手な方はご遠慮ください。


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「わたし…水、嫌いなんだ」



いつも水泳の授業を見学しているクラスメイトの女の子がいた。俺は泳ぐのが好きだから、いつもプールサイドで体操着のままちょこんと座っている彼女を見てもったいないと思っていた。はるにその子の話をすると「別に個人の自由じゃない」と興味なさそうに言われたけど、俺はどうにも納得がいかなかった。彼女は、いつも見学していたけどなんだか羨ましそうだった。みんなが泳いでいるのを見て。



「水が、嫌い…?」

「うん、私泳げないし、その…水が好きじゃないから」



そう言う彼女の目はどこか寂しそうだった。水を嫌いという彼女が水を嫌いだと、泳ぎたくないと本当に思っているとは思えなかった。きっと、本当は泳ぎたいんだ。じゃなきゃ、こんな顔をするはずがない。そう確信していたんだ。



「本当は、泳ぎたいんじゃないかな」

「…え?」

「ごめん、俺の勘違いかもしれないけど…すごく悲しそうだから、苗字さん。本当は泳ぎたいんじゃないかって」

「・・・」

「泳ぐのは気持ちいいよ。俺は、泳ぐのが大好きだからさ。泳ぎたかったらさ、よかったら…ね」



俺が笑いかけると、彼女はなんだか少し戸惑ったような顔をした。どうしてだろう、でもなんだか、何かを迷っている様子だった。「じゃあ、あの明日の夜、プールで…」と言う彼女の声は小さく掠れていたけど、その答えを聞いて俺はなんだかとてつもなく嬉しくなっていた。大きく頷いてみせると、「誰にも言わないで、一人で来てね」と彼女はうつむき加減に言った。




***




夜の学校は静まり返っていた。苗字さんに言われた通り誰にも言わず一人で来た。彼女は泳げるのかな。それとも、泳げないけど泳いでみたいのかな。まあ俺はスクールに通っていたから泳ぐのがそこそこ上手いのは彼女も知っているし、教えてほしかったりするのかな…。そんなことを考えていたら、プールで誰かが泳いでいるのが見えた。自然と歩く速度があがる。



「苗字、さん…?」



ぴちゃんと水がはねる。水の下を何か魚が泳いで行くようにすっとなめらかに動いた。思わず目を見開く。その影はぐんぐん俺の方に近づいてきて、そしてすっと音もなく水面から顔が出てきた。それは間違いなく苗字さんだった。俺の顔を見て、少し視線を落とした。



「橘くん…その…私も、泳ぐの好きなんだ」



そう言って彼女はプールサイドに体を乗せた。下腹部にかけて肌に鱗が浮かび上がっていて、そこから下はまるで魚のようだった。足があるはずの位置には半透明にゆらめく鰭がついている。信じられない光景にただただ言葉も出ずに立ち尽くしていると、彼女は鰭で水音をたてて俯いた。



「ずっと橘くんは私に泳ぐ楽しさを伝えようとしてくれてて…嘘をついているのは悪い気がしたから、正直に言うことにしたんです」



彼女がまた水の中に戻る。不安げに揺れる目が俺をちらと見る。俺は少し息を飲んだ。「びっくり、しましたよね…」そういう彼女の声が消え入りそうだったから俺はすぐに服を脱ぎ捨てた。あらかじめ下に水着を着ていたから大丈夫だった。何も言わずにそのまま水に飛び込む。その瞬間に苗字さんの驚いたように見開かれた瞳が見えた。



「橘くん…」

「確かに、びっくりはしたよ。でも、嬉しいよ。やっと君と泳げて」

「私も、橘くんとずっと泳ぎたかった」

「そっか…ありがとう」



全身を水中に潜らせると彼女の下半身は水に合わせてゆらゆらと揺れる。人魚、だ。目の前で明らかに現実からかけ離れた出来事が起こっているにも関わらず、俺はなぜか異様に冷静だった。目の前に人魚がいるということよりも、彼女と、苗字さんとやっと泳げるのが嬉しかった。



「私、水に入るとこんな姿になっちゃうんです…だから、人前では泳いだことがなくて」

「泳ぐのが好きなのに、泳げなかったんだね」

「はい…鱗も出ちゃって、怖がられちゃうかなって」

「ううん、綺麗だよ。苗字さん」



暗闇の中でプールを照らすライトが光り、それが彼女の鱗に反射してきらきらと輝きを放った。そっと彼女の手を取る。苗字さんは驚いたように目を見開いたけど、すぐにふわりと嬉しそうに微笑んで、きゅっと俺の手を握り返した。二人で同時に水に潜る。水中で揺れる彼女の長い髪と、反射する淡い光、そして彼女の手のぬくもりを感じながらすうっと前へと泳ぎだした。






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我は汝が人狼なりや?さまに提出です。
ありがとうございました。




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