廊下に張り出されている掲示物を見上げていたらごつんと頭に衝撃があって、思わず「いてっ」と声が出て見上げれば結城くんがいた。彼は自分の肘を押さえながら目を丸くしてこちらを見下ろした。「すまない、痛かったか」と言う彼を見て、ああ肘がぶつかったのだなとすぐに理解した。「大丈夫」と言いながらまだ少しじんじんする頭を押さえていると、彼はもう一度「すまない」と深い声で言った。彼の手には数枚のプリントと画鋲があった。なんだろうと思っていると、彼の指が器用にそれらのプリントを掲示板に張り付けていく。



「後夜祭?」

「ああ、今年の後夜祭はいろいろ新しい企画をやるらしい」

「結城くんって後夜祭の実行委員だっけ」

「いいや…張り出すのを手伝っているだけだ」



彼が張り出しているのは後夜祭についてのポスターだった。毎年恒例の、文化祭で出た紙などのごみを燃やして行うキャンプファイヤーだとか、とにかくいつも後夜祭は盛り上がるのだけど、今年はさらにパワーアップしているらしい。ポスターを見ようとしていると、結城くんがそれに気づいたようで、私の前に他のポスターに比べて一枚分ほど低い位置に貼ってくれた。これは、背が低い私のために気を使ってくれたのかな…と少し申し訳なく思いながらも見れば、そこにはベストカップル大会だとかミスコンなど去年なかったものがいくつか羅列されていた。



「これ全部やるんだ…すごいね」

「そうだな。最後の後夜祭でいろいろ見られるのはありがたい」



結城くんが薄く笑いながら言う。そうだ、私たちにとっては最後の後夜祭だ。きっと実行委員の子たちが最後だからと気合をいれて作った企画なのだろう。そう考えながらまたポスターを見るとなんだか楽しみな気持ちと寂しい気持ちが入り混じって少し泣きそうになった。ふと結城くんを見上げると、彼は視線に気づいたのか私を見下ろした。私は結城くんの、小さく笑った顔が好きだ。見ていないふりをして慌てて下を向いて、そして誤魔化すようにポスターを見た。ベストカップル大会、彼氏がいない私には関係ないけど、結城くんってこういうのに興味あるのかな。たしか結城くんに彼女はいないし、野球部のキャプテンだったから人気はあったけど、こういうのにどういう感情を抱くんだろうなあなんて考えていたけど、また目が合いそうで彼を見上げることができなかった。



***



後夜祭の盛り上がり方は尋常ではなかった。三年間見てきた中で一番の盛り上がりだった。生徒たちの熱気と歓声に包まれながらベストカップルが壇上にあがる。学校中で有名なほどお似合いな美女と美男のカップルが選ばれた。結果は当然と言えば当然だが、校内のたくさんのカップルが参加して大いに盛り上がった。そして続いてミスコンとミスターコンの優勝者も壇上にあがる。ミスは一年生の女の子、そしてミスターは野球部の新しいキャプテンの御幸くんだ。野球部の友達からは話を聞いていたので驚いた。野球部員たちの野次を飛ばす声が聞こえたりして少し笑えたが、すぐに壇上は見えなくなってしまった。こういう時に背が低いのは嫌だなあと思う。前に立つ生徒たちで私の視界は遮られてしまった、何も見えない。



「どうした、見えないのか」



ふいに背後から声がして振り返ると結城くんが人ごみから一歩離れて立っていた。必死になりながら見ようとしていた自分の姿を見られていたと思うと急に恥ずかしさがこみ上げてくる。「ま、まあ…」なんて言いながら爪先立ちをやめると、結城くんが「こっちに来い」と言った。不思議に彼の声は大きくも甲高くもないのによく通る。彼に言われた通りに彼のもとに行くと、今度は短く「こっち」と言われた。そのまま無言で歩く彼の背中を追うと、校舎の入り口の隣の壁まで来て、そこにあるはしごを彼が登り始めた。こんな所にはしごがあるんだ、なんてびっくりしつつも後を追うと二階分の高さに出た。壇上だけでなく生徒みんなの頭まで見える。「わあ」と驚きの声が出ると、隣で結城くんが小さく笑う声がした。恥ずかしくて下を向きそうになったけど、我慢して「ありがとう」と言った。「別に礼は言うな、俺がしたくてしたことだ」と結城くんは壇上を見つめたまま言う。



「すごいね。御幸くんって、結城くんの後輩でしょ」

「ああ。今の主将だ」

「さすが…主将でミスターって、なんかずるいね」

「御幸を、見たかったんだろう」



いまいち彼の言葉を理解できずに彼を見た。結城くんはこちらを見下ろしながら答えを待っているようだったので、私は首を捻りながら「ううん、そういうわけじゃないけど」と返した。すると結城くんは「そうか」とだけ短く言って黙った。私もつられて黙る。別に御幸くんが見たかったわけじゃなくて、いやそれもあるんだけど、ただ壇上の上の様子を見たかっただけだ。大きく拍手が聞こえて、見ればベルトカップルの二人やミスに選ばれた女の子、御幸くんや実行委員の子たちなど、みんなが頭を下げていた。ああ、後夜祭が終わる。そう思うと寂しさで胸がぎゅっと締め付けられた。「もう終わっちゃうんだ…」そんな言葉が口をつけば、結城くんがこちらを向く気配がした。



「まだここに俺と、いてくれないか。お前さえよければ」



結城くんの真っ直ぐな視線が私を射抜く。生徒たちの話声や拍手、全ての喧騒が遠くに聞こえるような気がした。考えるよりも先に「…もちろん」と掠れた声で答えると、結城くんは小さく笑った。彼のあがった口角と伏せた目が、私の鼓動を速くする。少しの息苦しささえ感じながら壇上を見つめていると、結城くんが「そんな寂しそうな顔をするな」と言った。寂しいのもある、のだけれど、あまりに結城くんの隣にいるこの空間が甘く苦しくて、私は曖昧に笑いながら「そうだね」としか答えられなかった。結城くんがその後口にした「お前の背が低くてよかった」という言葉の意味は、よくわからない。

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