なんだか少し緊張してしまって待ち合わせ場所に十五分前についてしまったら、なぜかそこにはすでに犬岡くんがいた。シャツの裾を握りしめてきょろきょろ周りを見渡している。背が大きいから目立つなあと思いながら慌てて彼に駆け寄ると、私を見つけた犬岡くんはぱあっと表情を明るくした。



「あ、苗字さん!」

「ごめんね犬岡くん待たせて…」

「いいんです俺今来たばっかりだし、それにまだ十時四十五分ですから」




待ち合わせした改札口は人で溢れ返っている。大安の日曜日だけあって今日は人が多い。犬岡くんはジーンズにシンプルなTシャツで、でも背が高くてスタイルがいいせいかすごくお洒落に見えた。私は昨日の夜から鏡の前で悩んでいた。あまりにデートのような勝負服を選んでも張り切りすぎと思われたら恥ずかしいし、だからといっていい加減な恰好をするわけにもいかない。なので丈がそれほど短くないワンピースにした。きっとシューズやウェアを試着することを見越した。



「苗字さんの私服…その、いつもと違って可愛いですね」

「え、あ、ありがとう」

「いや、あの、いつもは可愛くないとかじゃなくて!いや何言ってんだ俺!」



犬岡くんがわたわたとしながら両手を目の前でぶんぶんと振る。私はなんと返事したらいいかわからずに口を半開きにしたまま固まっていると、犬岡くんは「い、行きましょう!」と言って一人で歩き出した。私は慌てて後を追いかけた。犬岡くんは素直だから、いつもと違う私の私服を褒めてくれたんだ。それでいつもの私を貶したような言い方をしてしまって慌てていたんだ。犬岡くんはこういうことを誰にでも言えるのかなと考えていたら、少し残念に思えてきた。もんもんと考えながら歩いていると、いつの間にか犬岡くんを見失っていた。あれ、どこに行ったんだろう。



「苗字さん!苗字さんすみません!」



するとすぐに人ごみの間から犬岡くんが割って現れた。背が高いからすぐに私を見つけられたんだろうか。慌てた表情の犬岡くんに向かって私も人をかき分けて近寄った。「ごめん、ぼーっとしてた見失っちゃって」と言って謝ると、犬岡くんは「俺こそ一人でさっさと行ってしまってすみません」とものすごく申し訳なさそうにしながら言った。二人でしばらく並んで歩いたが、時々お互い見失いそうになる。すると、犬岡くんの左手がそっと私の前に差し出された。驚いて彼を見上げる。



「はぐれますから、よかったら俺の手、握ってください」



犬岡くんはちらりちらりとこちらを見ながら言う。「嫌、ですか」彼の不安そうな声がして、私はすぐに首を横に振ってそっと彼の手を取った。きゅっと手が握り返される。それと同時に胸もきゅっと締め付けられた。大きい犬岡くんの手。後輩で年下なのに男らしさが垣間見えて私は思わずどきどきしてしまった。勘違いしちゃいけない、しちゃいけない…。人が少なくなっても手を離すタイミングが見当たらなくて私たちは手を繋いだまま歩いた。ぽつりぽつりとバレーや学校の話をするけれど、なんだかぎくしゃくしてしまう。スポーツショップのドアをくぐって中に入ると、自然と二人の手は離れた。さすがに店内を手を繋いで歩くのは変だ。



「苗字さん、俺新しいサポーター欲しくて!」



犬岡くんがこちらを振り返りながら笑顔で言った。はじける笑顔ってこういうことを言うんだろうなあ。そんなことを考えながら彼の後を追うと、いろんなものが目に飛び込んでくる。シューズ、バッグ、テーピングに冷却剤…。私も何か買いたいなと考えていたら、犬岡くんがこちらに駆けてきた。「先輩、これかっこよくないですか!?」と言う彼を見ていたらさっきまでの甘さを含んだ雰囲気は消えていて、でも私は自然に笑顔になっていた。

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