犬岡くんは学校で会うたびに笑顔で元気にあいさつしてくれた。一緒にいる友達には「なんか犬みたいで可愛いねあの子」なんて言われたけど確かにそうだ、ものすごく犬みたいだ。彼の存在を認識したからか、体育館付近でもよく会うようになって、山本が一緒にいると「お前ら知り合いだったのな」なんて言われたりする。別にもともと知り合いだったわけじゃないんだけど。四時限目が終わってさてお弁当を食べようかと友達らのもとに向かおうとしていたら教室の後ろの戸から大きな声がした。



「苗字さんいますか!」



よく通る声だ。見れば、まあ声でわかっていたけど、そこにはお弁当を片手に持った犬岡くんがいた。クラスのみんなの視線を集めている。どうしたんだろうと思いながら彼のもとに早足で向かうと、彼は少し肩をすくめながら「あの、もしよかったら今日一緒にお弁当食べませんか」と言った。目をしばたかせたが、特に断る理由も見つからず、断るのも申し訳ないので私は「いいよ」と返事してお弁当を持って彼と教室を出た。二人で体育館の近くにある大きな木の下に座る。「ここで食べるの、気持ち良くて好きなんです」と言う犬岡くんの言う通り、私は外で食べることは少なかったけど、いい気持ちだった。



「急にすみません、誘ったりなんかして」

「ううん、いいよ…何か話があったりした?」

「そういうわけじゃないんですけど…いや、そうかな…苗字さんと話したくて。特に何とかないんですけど」



犬岡くんは少し照れたように言っていて私は可愛いななんて思っていた。やっぱり後輩と言うものはすごく可愛い。犬岡くんのお弁当は私のものより二倍ほど大きくて、しかもそれにパンをふたつ持っていた。私が驚いていると、「すぐにお腹がすいてしまうんです」と犬岡くんが恥ずかしそうに言った。育ちざかりの男の子はやっぱり違うなあ。



「苗字さんのポジションはどこですか?」

「セッターだよ」

「へえ…そうなんですね」

「孤爪くんと一緒。だから、そういう話するよ」

「研磨さんと話せるなんて、先輩はすごいですね!」

「そ、そうかな…?」



確かに、孤爪くんとよく話をすると言ってもしょっちゅう話すわけじゃないし、バレーやセッターについて熱く語り合うこともない。ただたまに調子はどうとか言葉を交わすくらいだ。後輩から見ても孤爪くんはとっつきにくいタイプなのかな…。考えながらご飯を口に運んでいると、ふわっと風が吹いた。髪が靡いて顔にかかる。犬岡くんは風に顔を向けて気持ちよさそうに目を細めていた。ふと彼がこちらを向いて、少し目を大きくした。



「あ、髪に葉っぱがついてます」

「本当?どこ?」

「えっと…あ、俺が取ります」



犬岡くんが少しこちらに近づいて、腕を伸ばしてきた。身長があるだけに腕も長い。彼の指が髪に触れて、少し髪を引くようにして離れた。彼の手には小さくて青々とした葉っぱがあった。髪を直しながら彼に「ありがとう」と言う。犬岡くんと一瞬目が合ったと思えば、すぐに彼は視線を落として何か小さく言った。彼の口が動いたのは見えたが何を言っているのか聞き取れなかった。「ごめん、なに?」と聞くと「いえ、なんでも…」と言って犬岡くんは俯いてしまった。どうしたんだろう。



「あの、苗字さんって彼氏、いないんですか」

「え?」

「あ、いやその…すみませんいきなり変なこと聞いて」

「ううん、いいけど…いないよ」



いきなりの質問に驚いたけど答えれば、犬岡くんは「そうなんですね」と笑ってくれた。なんだろう、このむず痒い感じ。犬岡くんと話していると、なんでかわからないけどものずごく恥ずかしい。お弁当を食べ終わり焼きそばパンを頬張っている犬岡くんを見ながら、なんだか不思議な気持ちになっていた。

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