「もう無理だ…」
「俺も…」
「もう少し頑張ろうよ、二人とも夏前の練習キツくなるんでしょ?」
昼休み、机に突っ伏す俺と倉持の頭をクラスメートの苗字が交互にプリントで叩いてくる。期末テストで悪い点数を取るとこっぴどく叱られるからどうしようどうしようと頭を抱えた結果、俺らと同じクラスで頭のいい(俺らの数少ないクラスの友達である)苗字に勉強を頼もうという案を思いついたのだ。頼まれた苗字は驚いていたが、嬉しそうにいいよと頷いた。それが今では眉間にシワを寄せている。
「まだ解き始めて十分ですけど…」
「無理。ムズすぎる」
「ああ〜どうにかなんねえかなあ〜」
「御幸くんはやれば出来るでしょ」
「おい、俺はどうなんだよ!」
「早く倉持くんは解いてってば」
隣で倉持が立ち上がって怒っているが放っておこう。目の前の数学の問題を見るが解く気が全く起きない。頼んでおいて申し訳ないが、全く解く気が起きないのだ。なぜならば、苗字に勉強を教えてくれるように頼んだのは別に勉強したいからじゃなくて、苗字に、教えてほしかったからだ。
「捨てたい…数学捨ててえよ…」
「だめだよ捨てちゃ」
「あー腹減ったー」
倉持が机に突っ伏していた、と思ったら急にガタンと大きな音を立てて起き上がった。向かいに座っていた苗字が驚いてびくりと震える。俺も驚いて身体を起こすと、ちょうど教室に数人の女子生徒が入ってきたところだった。
「名前、売店行かない?」
「ちょっと今日はパス!」
「あ、取り込み中?ごめんごめん」
その中の一人の女子生徒が苗字に声をかけた。苗字が手をあげて言うと、女子生徒は申し訳なさそうに謝って他の女子生徒たちと教室を出て行った。倉持はと言うと、ペンを握りしめて背筋を伸ばして座っていた。
「はっはっは!倉持お前気持ち悪いな」
「うるっせー」
「鈴木さんにいいカッコしたいからってそんな無理を…しかも話したこともないくせに」
「声でけんだよ、この馬鹿!」
「はっはっは!」
倉持が顔を真っ赤にして怒っている。俺が高らかに笑うと、さらに怒りを煽るようだ。そんな俺らの間に入って「倉持くん落ち着いて、御幸くんも逆撫でしないでよ!」とあわあわしている。そう言われて倉持は渋々まっすぐ座ったが、俺をひと睨みしてからまた机に突っ伏した。苗字は少し、困ったような顔をした。
「ねえ倉持くん、期末の数学で赤点じゃなかったら鈴木ちゃんと話すチャンス作ってあげるから」
「まじか!…わかった、やるか」
「単純だなあこれぞ青春だ」
「御幸うるせえ黙れ」
急にやる気になって問題を解き始める倉持。「倉持くんえらい。頑張れ」と苗字は笑う。その笑みがあまりに悲しそうだけど、俺はそんなに優しい男じゃないから、また高笑いしながら「目指せ鈴木さんのメアドゲット!」と言ってやった。倉持に足を踏まれそうになったが、すっと避けてやった。
「苗字」
「うん?なに御幸くん」
「…やっぱ何でもないわ」
「じゃあ早く解いてください」
悲しそうに笑う苗字は綺麗だ。心の中で小さく謝る。俺も、君に同じような笑い方をしているんだろうか。悲しいのはわかるけど、俺のことにも早く気づいてくれればいいと、問題が解けず頭を抱えている倉持を見守る苗字を見ながらぼんやりと思っていた。
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