高校を卒業してから二年経っても及川は相変わらず及川だった。「名前ちゃん、ひさしぶり」と爽やかな笑みを顔に貼りつけた彼は手をひらひらと振りながら人ごみの中でも頭一つ大きくて
すぐにわかった。半分苦笑しながら手を振り返しながら彼に歩み寄ると、「相変わらずだね、君は」と言われたので、たぶんお互い同じことを考えていたのだと思う。なぜ二年ぶりに及川に会うことになったかと言うと、たまたま大学のサークルで一緒の子にバレーボールをやっていた男の子がいて、及川と友達だという話になったのだ。まあ大抵意外なところに共通の知り合いがいると話は盛り上がるのだが、じゃあ三人で会ってみない?ということになったのにその男の子がドタキャンするもんだからこのようなメンツになってしまったのだ。正直、もう一生この男とは会わないと思っていた。高校を卒業して以来、文字通り互いに一切連絡を取っていなかったのだ。特に会いたいと思うこともなく、むしろ会いたくないと思っていたくらいだった。それがこんなひょんなことで二人きりで会うことになるんだから、世の中予想というものはなかなかできないし、絶対という言葉は容易には使ってはいけないように思う。



「なんか大人っぽくなったね。メイクしてるからかな」

「うるさいよ及川…本当に相変わらず」

「なんでだよー」

「チャラチャラ具合が本当に変わらない」



そんなことを話しながら私たちは小さなレストランに入った。小奇麗なお店で、少し雰囲気はロマンチックだ。この店だって元はと言えば共通の友達の男の子が見つけてくれた店なのだが、彼は来ないので二人で入店する。座ってお冷をぐびぐび飲み干す及川を見ながら、相変わらずの言動もそうだけど容姿も変わらず端正だから、おモテになるのでしょうねえと考えていた。二人ともパスタを頼んで他愛もない話をする。大学の授業がどうだとか、前の彼女がどうだったとか、最近見たどの番組が面白かったとか。そんな話が高校生だった時のように盛り上がるので、私はタイムスリップしたような不思議な気持ちになりながらケチャップ味のきいたパスタを口の中で転がす。ふと及川が真剣な顔つきになって、ああこの顔はよく試合を見に行った時に見たなと思った。



「名前ちゃんは俺のこと、怒ってるよね」



その言葉に私はうんと頷くこともできず、またううんと首を横に振ることもできなかった。二人で会うとなった時、もしかしたら、いやかなり高い確率でこの話になるだろうなとは思っていたのだけれど。及川は私の顔をちらりと見てから伏し目がちにパスタを口に運んでいた。私は静かに深呼吸をしながら気持ちを整理していた。もう何年も前の話なのに今さら何を整理するのだと言われればそうなのだけど、いざ数年ぶりに当事者を目の前にしてその話になると息が詰まってしまう。「俺がいなかったら、名前ちゃんと岩ちゃんは付き合ってたよ。絶対」及川はパスタをくるくるとフォークに巻きつけながら言った。絶対という言葉は容易に使ってはいけないと思う、絶対なんてない。でも、その言葉は私の胸にずしんとのしかかっていた。その一方で、「まだ岩ちゃんって呼んでるんだ、もう二十歳超えてるのにね…」と可笑しく思っている自分もいた。俺がいなかったら、及川がいなかったら。彼の言葉は本当かもしれない。



「岩ちゃんは名前ちゃんのこと、本当に好きだったよ。でも、俺が…だめにした」



高校三年の秋、ずっと好きだった岩泉が私のことを好きだという噂が流れて私は心臓が飛び出しそうになったのを今でもよく覚えている。「どうなんだよ岩泉ー」とクラスの男の子たちにからかわれて顔を赤くする岩泉と目が合ったとき、二人とも恥ずかしくて、でも自然とはにかみ合っていたのは本当に昨日のことのように思い出せる。きっとあんなに甘酸っぱい瞬間なんて、これから何年生きたって一生ないと本気でそう思う。でも、しばらくもせずに私は及川に告白された。ただのよく話すクラスメイトとしか思ってなかった彼からの告白にはものずごく驚いた。及川ははっきりと「名前ちゃんを岩ちゃんに取られたくない」と言った。驚きすぎて声も出なかった。そして次の日、部活に行く前の岩泉に振られた。いや、正式には告白なんてしてないから振られたという表現はおかしいのだけど。「俺、お前とは付き合えない」岩泉は目も合わさずに言って後輩の指導をするからと部活に向かった。私は置いてけぼりだった。ずっと好きだった岩泉が振り向いたと思ったらただのクラスメイトの及川に告白されて岩泉に振られた。その間、私は何をすることも言うこともできず、ただ全てを唖然としながら受け止めるしかなかったのだ。心にしまっていた苦いものがじんわりと染み出す。



「…別に、怒ってないよ」

「本当に?」

「うん…」

「相変わらず嘘つくのは苦手だね」



及川が無駄に爽やかに言うので私は急に腹が立ってきた。こっちに星まで飛んできそうだ。さっきまでの深刻そうな表情はどこにいったのやら。でも及川は悪くないと思う。ただ岩泉が私と付き合うことよりも及川の気持ちや二人の友情を大事にしただけだ。誰も悪くない。それでも私は岩泉に突き放されたことがショックで、及川を時には憎んで、でも高校を卒業してもう忘れようと思っていた。それがひょんなことで鍵をしていた箱が開かれるから、正直参った。この気持ちは憎しみなのか後悔なのか諦めなのか嫌悪なのか。正直どれも当てはまるような当てはまらないような、なんともいえない気持ちになっていた。



「岩ちゃんといると、たまに名前ちゃんの話になるよ」

「…へえ」

「よく言ってるよ、あの時クソ及川なんか無視して苗字と…」



そこまで言って及川は黙ってしまった。きっとその先は、過去の私が望む内容だろう。夢にまで見た未来だろう。でも正直今の私がそれを望んでいるのかと聞かれると、わからない。岩泉のことを考えると今でも胸がじんわりと温かくなるけど、もう私たちはあの時の私たちじゃない。私も、岩泉も、及川も。二人の間に沈黙が降りたが、ふと及川が店員を呼んでケーキを頼んだ。女子みたい、と言ってやろうかと思ったが、その前に及川が口を開いてしまった。「実は今日、最初から二人で会うつもりだったんだ」「え?」「ドタキャンは最初から決まってたんだ。名前ちゃんと二人でデートしたくて」及川が肩をすくてぶりっこをするので殴りたくなったが、私は黙ったままだった。「…俺より岩ちゃんがいいの?やっぱり」店員が運んできたチーズケーキを食べながら及川が言うので、「当たり前でしょ」と返してやると「相変わらずだなあ名前ちゃん」と彼は少し寂しそうに笑っていた。

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