冬と言えば、雪の降る寒い日にお鍋だ。私はいつもそうと決めていた。冬休みに入って私は家で一人でいることが多かった。影山くんはさっさと実家に帰省してしまって、私は一人だった。新幹線代が勿体ないということで、春休みと夏休みしか帰省しないと決めていたのだ。日向くんから「影山帰省なう!」というメッセージが届いて思わず一人でふふっと笑ってしまった。他のみなさんも帰省中らしく、一緒に送られてきた写真には真っ白な雪を背景にしてとびきりの笑顔の日向くんと田中さんと菅原さん、鬱陶しそうな顔をした影山くんやそれを見守っている澤村さんに他の男の人も写っていた。これがみんな高校時代の仲間なんだなあって、やっぱり私はなんだか影山くんのお母さんみたいだった。



サークルとバイトがある日以外は家に一人でいるのも寂しかったので、せっかくと言ったら悪いけど影山くんもいないので、サークルの同期を誘って家で鍋パーティをすることにした。上京組で家に友達をあげてないのは私だけだったのでみんな大喜びだった。予定の合う五人が家に来ることになった。女の子が二人と、男の子が三人。味噌鍋にしようかキムチ鍋にようかとか話は盛り上がって、私は本当に楽しみだった。「ルームメイトがいないからいいけど、その人の私物とかもあるから気をつけて」とだけ注意しておいた。そのルームメイトが男の子だとは言わなかった。言ったら事が面倒だし、だからこそ今まで誰にも言わなかったんだ。



「では、名前ん家で初の鍋パーティー始めまーす!」



盛り上げるのが上手な女の子がそう叫んだ。わーとみんな盛り上がる。みんなが部屋に入ってきたとき、ソファの後ろに影山くんのシャツが落ちていることに気が付いて私は慌ててそれを彼の部屋に放り込んだ。「こっちがルームメイトの部屋ね、ちょっと潔癖な子だから近づかないでね」と適当な言い訳をつけた。まあ、ちょっと潔癖なところがないわけではないんだけど。それで洗面所で手を洗っていた男の子が「あれ、これ俺も使ってるよこのシャンプー。男物じゃん」と言われて私は脂汗が止まらなかった。「あ、そ、それはルームメイトの彼氏の。たまに来るから」と苦し紛れの言い訳をすると、「え、ルームメイトの彼氏来るとか名前気まずくないのー?」なんてからかわれたが、今の状況の方がよっぽど気まずい。




一人の女の子はバイトがあるため遅れて来るという話だった。彼女なしの五人で鍋をつついていると、玄関でガチャガチャと音がした。一人の男の子が「あれ、サトミ来たんじゃね」と言いながら立ち上がった。ああ、やっとサトミ来たんだ、よかった。住所教えてたけど、ちゃんと場所わかったんだなあと思って熱々の豆腐を口に放り込んだ。が、すぐにぴしゃんと体中に雷がうつような衝撃があった。待って、このマンションはオートロック式、サトミが来たらまずインターフォンが鳴るはず。それに、たとえ玄関ゲートを抜けたとしたってこの家に入るにはベルを鳴らさなきゃいけないはずだ。なのにこの音は鍵、つまり―…。



「誰だ、お前」



私は慌てて玄関に走ったが、すでに手遅れだった。




***




あの後この家に立ち込めた空気といったらもう、思い出したくないほどだった。まず玄関に駆け付けた時には大きなカバンを持った影山くんが男の子を真っ向から睨みつけていて、背も高いせいもあってものすごい威圧感だった。男の子の方がよっぽど「お前誰だ」って思ってただろうけど、たぶんあまりの影山くんの権幕に何も言えないで棒立ちになっていた。「ま、待って、今日はサークルの子たち呼んでお鍋食べててね、あ、こちらはわたしのルームメイトの影山くんです」と私が二人の間に入って言うと男の子は「あ、ああ…」と慌てて頷いていた。リビングの方からほかの子たちもこちらを覗き込んで「なんだなんだ」と囁いていた。影山くんはそのままズカズカと家に入ってきてばたんと大きな音をたてて自分の部屋に入った。そして大音量で音楽が聞こえはじめて私は初めてみんなに向いた。



「あの…ごめん、実はルームメイトは男の子で…その、今日帰ってくる予定じゃなかったんだけど」「彼氏?」「いや全然そんなんじゃないけど。人を家にあげるの嫌いで…」彼が人を家にあげるのが嫌いと言う話はなかった。この間も彼の友達がたくさん来ていたわけだし。ただ、きっと無断でこうやってパーティーを開いていたのが気に食わなかったんだろうなと私は思った。たしか帰ってくるのは明後日のはずだった。だから大丈夫だと、思ったのになあ…。それから少しして私の家についたサトミは殺伐とした空気に「何があったのこの家」と言った。私は苦笑するしかなかった。



「影山くん」



みんなが早めに解散した後、私は小さく影山くんの部屋をノックした。中から相変わらず音楽が聞こえていたけど、彼の返事はない。今度はもっと強くドアをノックして「影山くん!」と叫ぶと「なんだようるせーな!」ともっと大きな声が返ってきた。今のは、入室許可ととっていいのかな、と思ってガシャリとドアを開けると、そこにはパソコンに向き合っている影山くんがいた。不機嫌そうな顔ではあったけど、先ほどの殺気は消えていた。よかった、ずいぶん怒りは引いたようだ。私は影山くんのそばに正座で座った。



「あの、今日はごめんね。その…影山くん明後日帰ってくると思ってたから」

「急きょ明後日に練習試合が入ったから、早く帰ってきた」

「ひとこと連絡してくれればよかったのに」

「した」



えっ、と声が出た。そういえば、今日の朝からケータイを見ていない。ずっとみんなと買い出しやらをしていて使う必要がなかったから。それは怒るわ…と私は真っ青になりながらもう一度謝った。どうしよう、何か罪滅ぼしでもできないかと必死に考えて、「あ、明日の晩御飯、ポークカレーにするね…」というと影山くんが静かにパソコンの画面から視線をこちらに向けた。思わず身体が強張る。いや、食べ物で許してくれるほど甘くはないよね、怒られる…。しかし、影山くんが発した声には思ったより勢いがなくて私は目を丸くした。



「彼氏かと、思った」

「え?」

「お前の彼氏かと思った」



言い終わる前に影山くんは視線をパソコンの画面に戻してしまった。あの子を、私の彼氏かと思ったの?じゃあ、あんな権幕で怒ってたのってもしかして…と何か期待してしまいそうになっていたら「ルームメイトの彼氏とかいたら気持ちわりいだろ」と言葉が続いて私は思わずはあと息をついてしまった。ちょっと、自意識過剰だったようだ。そんなわけないじゃん、と言って何をしてるのかなとパソコンの画面を覗くとワードが開いてあって驚いた。うわ、この人が課題をしている。すると、影山くんがぼそっと「あの中にお前に告った先輩、いたか」と言うので「いや、いないけど」と返すと影山くんは「あっそ」と興味なさそうに言ってカタカタと文字を入力していた。
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