大学生活はあっという間に過ぎた。とりあえず私はテニスサークルに入って楽しくやっていた。大学の授業は思ってたより退屈だったけど、毎日が楽しかった。影山くんは大学のバレー部に入ったらしく、練習が大変で朝早く出かけて夜遅く帰ってくる。バイトはあまりしていないようだ。私はあまり朝からの授業は入れなかったから、だいたい私が起きると影山くんはもういないか、もう出る準備を済ませている。そして私がサークルなりバイトなりを終えて帰ってくると、影山くんはまだ帰っていないか疲れ果てたようにソファにひっくり返っている。「大丈夫…?」と聞くと「ああ、疲れてるだけだ」と力ない返事があるだけ。



そしてその日、私はサークルの飲み会から帰ってきた。もう桜はとっくに散っていた。もう昼間は随分と暖かかったけど、私はお酒を一滴も飲まずに素面だったからか夜だからか、少し肌寒かった。下から見ると部屋の電気はついている。あれ、影山くん帰ってる…。そう思って部屋について鍵を開ける。しかし、部屋から何の音もしない。



「あれ、影山くん?帰ってる…?」



いつもならテレビがついているはずだ。それか、彼の部屋から音楽が聞こえる。人が動く気配。それが何一つ聞こえない。私は嫌な予感がして、慌てて靴を脱いで家に入った。私の足音だけがやけに大きく部屋に響いた。すると、リビングのテーブルの横に、身体の大きな影山くんが横たわっていた。慌てて駆け寄る。



「影山くん!?影山くん!!」

「…!」



影山くんの顔は真っ青だった。苦しそうに眉をひそめて体を丸めている。私は頭から血の気が引いていくのを感じた。倒れた、影山くんが。彼は口を歪めて何も喋れないようだった。私は震える手でスマートフォンを取り出した。救急車、救急車を呼ばなきゃ…。



「今、今救急車呼ぶからね。ちょっと待ってね!」



指が震えてうまく番号が打てない。119、だよね、救急車なんて呼ぶの初めてだし…。呼び出し音がしてすぐに電話は繋がった。「あのすみません、人が倒れて…いえ、家に帰ってきたら倒れてたんです!はい、意識は一応あります、でも話せないみたいで…はい住所は…」私は拳を握りしめて一生懸命冷静でいようとした。その間、影山くんは私のシャツの袖を力いっぱい握っていた。




***




「苗字…」



はっと顔をあげた。気づいたら寝てしまっていた。周りを見渡す。そこは病室で、影山くんが真っ白なベッドに横たわっていた。腕には点滴の針が刺さっている。静かだった。外は相変わらず真っ暗だったけど、今が何時だかさっぱりわからない。



「起きた?」

「ああ」

「気分はどう」

「もう、大丈夫だ」

「栄養失調だって」

「…みたいだな」



影山くんはぼうっと天井を見つめていた。あれから救急車で運ばれた影山くんはそのまま意識を失っていた。救急車の中で救急隊員の人に「奥さまですか?それとも…」と聞かれて「いえ、友達です…」と小さく答えた。そりゃ、一緒に住んでいたらそのような関係と思われても仕方ないのだけど。すぐに病院で点滴を打ってもらった影山くんの代わりに私は先生から病状について聞いた。栄養失調に加え過労、睡眠不足などが重なったそうだった。今思い返せば、いつも家のごみ箱にはカップラーメンのごみばかり入っていた気がする。



「ちゃんと食べないから…」

「食ってた」

「カップラーメンばっかり」

「作る元気なんかねーよ」

「朝とかお昼はどうしてたの」

「食ったり食わなかったり…金ねえし…」

「…バイト、してないから?」

「うんまあそれもある」

「仕送りは」

「ある」

「じゃあ」

「でも、部活にばっか金かかってるから」



私は思わず黙った。気持ちはわかる。実家に負担はあまりかけたくない。だからって倒れて心配かけたら本末転倒じゃないか。ふうと息を吐く影山くんの顔を見る。顔色はだいぶよくなった。倒れていた時は本当に真っ青で、重い病気なんじゃないかと本気で心配したのだ。



「この点滴が終わったら帰れるって」

「そうか」

「明日は休みなね」

「…おう」

「何その間は」



何がなんでも明日は休ませなければ。心配だから私も早めに家に帰ろうかな。それと、これから夕飯くらいは影山くんの分も作ってあげようかな…。そんなことを考えていると、影山くんがふとこちらを向いた。



「苗字」

「うん?」

「…ありがとう」



思わぬ言葉に驚いた。でも、なんだか恥ずかしそうに言う影山くんが子供みたいでかわいくて、思わず笑ってしまった。「いいよ、一緒に住んでるからお互い様でしょ」と言うと「そんなもんか」と影山くんは何か考えるように言った。
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