荷物を持った手にぎゅっと力を入れた。はじめまして、東京。いや、正確にははじめましてじゃなかった。中学三年生の修学旅行で一度来たことがあったけど、でも一人でこうやって乗り込むとは思っていなかったから。ずっと憧れていた東京に第一志望の大学に合格して来られたことが心の底から嬉しかった。お母さんは荷物の整理など手伝うために一緒に行こうかと言ってくれたけど、私は断った。親がついてきて手伝うと、大学生活のいろいろなものに差し支えるとどこかで聞いたことがあったから。



極力両親には負担をかけたくなかったから、私はできるだけ安い物件を探した。それでいて安全で、交通の便もいい物件。そうなると、なかなか安いところはなく、かなり苦戦した。どれかは妥協しなきゃいけないのかなあ、とそんなことを考えていた矢先、大阪にでた友達からルームシェアという言葉を教わった。複数人でひとつの物件に住むのだけど、それだと家賃が半分でお得という話だ。私は素晴らしい話だと思ってすぐにルームシェアの物件を探した。すると、まさに希望通りの物件が見つかった。交通の便はいいし、オートロック式玄関の閑静な住宅街にある部屋。ルームシェアとはいえ、共用なのはキッチンやお風呂だけでそれぞれの部屋もある。私は即決した。



大家さんに鍵をもらってドキドキとしながらエレベーターを昇る。部屋番号は303。引越し屋さんに頼んで大きな荷物はもう部屋に運び込まれている。極力荷物は少なくしたので段ボールが三つだ。必要なものは現地で調達すればいい。「一緒に住む方もちょうど今年上京してきたそうですよ。よかったですね」不動産の人がそう言っていたから余計ドキドキした。同い年の上京仲間、どんな子だろう。優しくて気の合う子だといいな、時々二人でご飯食べたりとか、したいなあ…。そんな妄想を膨らませながら鍵穴に鍵を差し込む。よし、開けろ!



「…あ?」



扉を勢いよく開けると、そこには男の子がいた。思わず扉をばたんと閉める。え?ちょっと待って男の子?一緒に住む子って女の子じゃないの?いや、きっと一緒に住む女の子の彼氏だ、そうに違いない。引越しの手伝いに来たんだそうだそうに違いない。だって、男の子と二人でひとつ屋根の下ってありえないもんね。うん、ないない。そんなことを自分に言い聞かせていると、急にドアが開いた。



「あの」

「ぎゃあ!」

「…この部屋に何か用ですか」



思わず叫んでしまった。男の子は不審そうな目をしてこちらを見下ろしてくる。さっきは一瞬しか見えなくて気が付かなかったけど、身長がすごく高い。180はあるんじゃないかな。それでいて目つきがすごく悪い。真っ黒でストレートな髪が余計にとげとげしい雰囲気を助長する。私は言葉を失った。「何か用」って、私が聞きたいんですけど。



「あの、私、今日からここに住むんですけど!」



その威圧的な態度に負けないように大きな声で言うと、男の子は目を大きく見開いた。え、こんなに目が開くんだ。そう思って彼の次の言葉を待っていると、彼は扉を大きく開けて頭に手を当てた。明らかに動揺している様子だった。え、なに、どういうこと…?二人の間に沈黙が流れたが、ついに彼が口を開いた。



「303号室?」

「はい」

「二人のルームシェア」

「はい」

「…俺もここに住むんだけど」



また少しの沈黙があった。そして心の中ではあ!?と叫んだ。「俺もここに住むんだけど」じゃないよ!いやだめでしょ!この男の子と!?ルームシェア!?衝撃と動揺で何も言えずに立ち尽くした。どさっと音がしたと思ったら、私が手に持っていた鞄を落とした音だった。男の子はふうっと息を吐いて、「とりあえず入ったら」と言った。
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