結婚する前に子供ができてしまうとか、付き合う前に一線を越えてしまうとか、世の中にはたくさんの順番違いがあると思うけど、付き合う前に一緒に住んでいたというのはなかなかないと思うし、私たちはそもそも友達になる前から一緒に住んでいるのだから、かなり特殊な男女だと思う。そう考えるといつも可笑しくて、私の頬は自然と緩んでしまっているんだけど。今日から冬休みで私も飛雄も何も予定がないので、二人で家でゆっくりすることにした。トーストを焼いて、少し甘くしたスクランブルエッグとソーセージをお皿に乗せる。そろそろ起こさないと、時計を見れば針はもうすぐ十時を指そうとしていた。



「飛雄、起きて。もう朝だよ」

「んん…あと五分」

「それさっきも言ってた。朝ごはんできたから起きて」



飛雄は眠そうに眼をこすりながら起き上った。部屋のカーテンをジャッと音を立てて開くと太陽の光がさんさんと射してきて、飛雄がものすごく嫌そうに顔をしかめる。そんな彼にお構いなしに私はキッチンに戻ってお皿やら何やらをテーブルに並べた。我ながら、自分は完全に主婦みたいな生活をしていると思った。高校時代の部活Tシャツにスウェットを履いた飛雄が伸びをしながら出てきた。彼はついさっきまで熟睡していたくせに朝ごはんをぺろりと平らげる。いつもこんな感じだから、すごいなあだなんて思う。食べ終わった食器を洗い、さっそく飛雄はテレビの前に言って何やら袋から出していた。そういえば、今日二人で見るために昨日、飛雄はビデオレンタルのお店に行って映画を何本か借りてきていた。私のリクエストはサスペンス・純愛・コメディの三本だったのだけど、どんなものを彼が借りてきたのか気になる。



「あ、これ全部私が見たかったやつ!よくわかったね」

「お前のことはなんでもわかるっつうの」

「この間サラダに私の嫌いなアボカド入れたくせに」

「だから悪いって、謝っただろ」



彼に告白されてから一週間以上たったけど、私たちの生活が変わったかと聞かれると、変わった、と思う。もともとどこか家族に近いような不思議な関係だったから、その点では何も変わらないんだけど、でも、やっぱり変わった。私は彼を飛雄、彼は私は名前と呼ぶようにもなった(まあ彼は若干フライングしていたけど)。一緒にいる時間が格段に増えたし、当たり前だけど付き合ってるからスキンシップも増えた。今だってアボカド入りサラダのことを思い出して腹が立っている私を、飛雄はなだめるようにしてそっと頬に触れてくる。そうやって優しく笑う飛雄はものすごくかっこよくて、ずるい。



「あれ、これ…」

「前一緒に見たのに俺寝ただろ。だから見たくて」



いつだか二人で初めてソファに座った日に見た映画だった。泣けると話題で、実際本当に泣けて私は鼻水が止まらなくなるほど泣いたのに、隣で彼が寝ていた時は本当に殴ろうかと思った。なんだかまた腹が立ってきたけど、あまりに飛雄の指が優しいから私は許してしまう。「あ、俺昨日アイス買ってきたんだった」と彼が立ち上がって、私はその背中に「気が利くねえ」と言った。こんなこと、前にもあったなあなんて思いながら。二人くっついてソファに座って、どの映画を最初に見ようかという話になって私は純愛、飛雄はサスペンスと言い張った。二人で黙り込んだが、間を取って例の泣ける映画にすることにした。そして、その映画は案の定泣けた。終わってから私が何枚もティッシュをとって鼻をかんでいると、飛雄が不思議そうな顔で見てきた。



「お前そんな泣く?これ見たの二回目だろ」

「そうだけど感動するんだもん…飛雄こそなんで泣いてないの?感受性がないの?」

「いや感動したって!泣いてないだけで人の感受性否定すんなボケ」



ぷりぷり怒っている飛雄をよそに他の映画に手を伸ばした。ああ、感動した。余韻に浸るのもいいけど、やっぱり次の映画が早くみたいな。次はどの映画にしようかなあと考えていると、手に持っていたコメディの映画がさっと抜き取られた。あれ、次それがよかったのにな、と思って顔をあげると飛雄が真剣な顔をしていた。うっ、と思わず動きを止めてしまう。



「名前…キス、してもいいか」



突拍子がなさすぎて私は呆気にとられた。何それ、キスって許可制なの?なんて思いながらも私は自然と頷いていた。告白されたあの夜、付き合うことになったけど、やつは酔った勢いでキス寸前までしておきながら「今日酒くさいだろうし反省してるから何もしない」とか言い出して変な人、だなんて思っていた。飛雄の手が私の手にそっと重なって、そのまま優しく握られた。ゆっくり飛雄のきれいな顔が近づいてきて、身体が強張る。目を薄めて彼の唇を待っていると、急に両目が彼の手のひらによって覆われた。「な、なに」と私が動揺していると「ああもう黙れなんか無理」と返ってきて「ちょっと意味わかんないんだけど、ねえ…」という私の口に急に彼の唇が押し付けられた。まぶたに感じる飛雄の手も、重なる唇も、私の肩を支えるもう片方の彼の手も、みんな熱を帯びていた。頭がじんじんと麻痺していくようだった。ふいに唇が離れたと思ったら、今度は少し強引に抱きしめられた。「ああ、なんかやっぱ無理だわ」と耳元で言う飛雄がなんだか可愛くて、私はそっと彼に自分の腕を回して頬にキスをした。
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