その日は影山くんの誕生日だった。外は雪は降らないまでもものすごく寒くて、私は暖房をいっぱいいっぱいにして彼の帰りを待っていた。影山くんの誕生日パーティーを部活のみんなが開いてくれるらしく、今日はごはんもいらないし帰りは遅いと言っていた。その会話だけ聞くと本当に夫婦みたいだなあなんて笑えてしまう。朝は私が寝坊してしまって彼の顔を見ていなかったので、せめてその日のうちに顔を見ておめでとうと言いたかったんだけど、もう時計の針は十二時を指していて、ああダメだったなと思った。今日大学の帰りに買った彼へのささいなプレゼントと手紙をリビングのテーブルに置いておいた。プレゼントは、サークルの男の子が一緒に選んでくれた少しおしゃれなパスケース。手紙にはまあ、「いつもありがとう、これからもよろしく」的なことを書いた。二十歳の誕生日なんだから、それくらいはして当然だと思ったから。そして私はベッドにもぐりこんでそのまま眠りについた。




それからどれくらい寝ていたのかわからないけど、私はガタガタという物音で目が覚めた。ああ、影山くんが帰ってきたんだな、とまだ半分眠っている頭で考えていると、急にベッドがぎしっと軋んだ。え?と思って目を開けるとそこには影山くんがいた。何が起きているのかさっぱりわからなかったけど、目の前に影山くんがいた。状況を理解するのに少し時間がかかったけど、影山くんが私の上に四つん這いになっていると分かった時、一気に眠気が吹っ飛んだ。



「ちょ、え!?影山く」

「名前」



影山くんの顔がものすごく近くにあって今にも頭がショートしそうになっているのに、彼が私の名前を、いつもは名字で呼ぶくせに名前で呼ぶんで私の頭は完全にショートした。身体が動かない、どうしていいかわからなかった。ただ、彼の吐息がほんのりとお酒の匂いだったので、これ酔ってるな、と私は一生懸命冷静になろうとしていた。「か、影山くん、酔っぱらってるでしょ…ちょっと一回落ち着こうか」と言うと、彼は「話、逸らすな。それに別に酔ってない」と言った。たしかに物言いははっきりしているし目も相変わらず視線が強くてとろんとしているわけではなかったから、酔ってないのかもしれない、でもお酒が入っているのは確かだった。二十歳の誕生日だから、先輩にたくさん飲まされたのだろうか。



「みんなの言う通りだ…一つ屋根の下で暮らしてて何もないわけない。今まで何もなかった方が、逆におかしいんだ」

「な、何言ってるの」

「もう俺、我慢できねえよ。今までずっと我慢してたけど、もう無理だ」



リビングからの光でしか彼の顔が見えなかったけど、彼はなんだかものすごく切なそうだった。苦しそうにも見えた。何を言ってるんだろう、この人は。私は本当なら今焦りや危険を感じなきゃいけないはずなのに、ぴくりとも動けなかった。彼の吐息がかかるくらいの距離に二人の顔はあって、でもお互いそれ以上は近づかなかった。ただ、影山くんが言葉を続ける。



「もうずいぶん前から、お前はただのルームメイトじゃねえんだよ、いい加減気づけよ。あんなもん、置いてあったら、」

「あんなもん、って」

「プレゼント…と手紙…あんな可愛いことしてくれんなよ」



頬がじわりと熱くなった。心臓がばくばくと煩い。今度こそ、これは自惚れじゃないよね、自意識過剰じゃないよね。影山くんが言うことはつまり、そういうこと、なんだよね。私は恥ずかしさで死にそうになっていたら影山くんの顔がずいと近づいてきた。「名前、好きだ…」吐息交じりにそう言う影山くんに眩暈がしそうだったけど、彼の顔が触れるまで近づいてキスされるとわかった瞬間、私は枕元にあった目覚まし時計で彼の頭を殴っていた。




***




影山くんは項垂れていた。正直こんなに落ち込んでいる彼を見たのは初めてだった。カツンとプラスチックと人の頭がぶつかる音がして「いってえ!」と影山くんの声が私の部屋に響いてから三十分ほど経っていた。あまりの痛さに影山くんが頭を抱え、私は自分で殴ったくせに「ごめん、だ、大丈夫!?」なんて言って心配していると唐突に彼が「きもちわる…水…」と言いだしてコップに水をくんで彼に飲ませていたらあっという間に三十分が経過した。ソファに座ってがっくりと項垂れている彼の隣に座ろうとしたら、いや、俺床に座るわ、と言って彼は床に下りた。なぜかソファには私だけになった。



「本当に悪かった…まじで、俺最悪…」

「大丈夫だって…私が言うのもおかしいけど、本当に大丈夫」

「酒の勢いでこんなことするとか…ああ…」



やっぱり彼は酔っていたらしい。でも、ちゃんと意識も記憶もあるから大したことはないと思う。今はすっかり自分がしたことを思い返して酔いがさっぱり抜けたらしく、後悔ばかりが残ってこの様だ。なんと言葉をかけていいかわからなくて黙っていると不意に影山くんが顔をあげた。きりっと、真面目な顔で思わずこちらまで気が引き締まってしまう。



「でも、俺が言ったことに何も嘘は、ねえから。少し酔ってたのもあって、それでテーブルにプレゼント置いてあるの見たらもう抑えられなくて…ああいう形になって本当に情けないけど、」



影山くんは真剣な眼差しのまま、「お前のことが、好きだ。付き合ってほしい」と言った。全身の血が一巡したのではないかというほどに心臓がどきどきしていて、私は目をつむりたくなった。告白されたのはこれが初めてではないのに、まるで初めてかのようだった。「嫌だっていうなら、俺はこの部屋を出る。もう物件は探してあるから」という彼に、なんだ、告白するためにそこまで準備してたんだと思うと愛しくて愛しくて私はソファから下りて彼を思い切り抱きしめていた。
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