早い話が、私は号泣していた。上京してきてこれほど辛いことはなかったかもしれない。それが起きたのは、バイト先の人たちとご飯を食べた帰りのことだった。薄暗い道を何人かで歩いていたら、強い力でカバンを引っ張られ、気づいたら消えていた。真っ黒なオートバイが走り去っていく。そう、私はひったくりにあったのだ。そういうものが存在するのは知っていたが、まさがそれが自分の身に起きるだなんて思わなくて、私は呆気にとられてしまった。しかし、カバンの中にたくさん大事なものが入っていることを思い出して私は頭からどんどん血の気が引いて行った。



カバンの中にあったものは、家の鍵、定期、音楽プレーヤー、お財布、そのお財布の中にあったのは現金、クレジットカード、ビデオレンタルのカード、保険証、学生証…とあげるときりがない。しかも私はサークルでの大会の打ち上げ代を集めて持っていたのに、それまで持って行かれてしまった。幸い、スマートフォンは手に持っていたから大丈夫だったが、本当に残ったのはそれだけだった。頭が真っ白になる。バイト先の先輩が家までのタクシー代を出してくれて、私はタクシーで家に帰った。その間、私はサークルの先輩に電話をかけていた。先輩は私の話を聞いて同情している風でもあったけど、「サークルのお金は厳重に扱ってくれ」と怒られてしまった。当たり前だ、そんな大金、持って歩いていた私が馬鹿だった。



交番に行ったりなどしていたら帰る頃にはすっかり日付が変わってしまっていて、私は静かにタクシーから降りた。影山くんから「遅いけどどうした」とメッセージが来ていたけど、文字で説明するより口で説明した方が早いし、そうでないと説明できない気がした。鍵がないためインターフォンを押すと、「遅かったな」っていう影山くんの声がしてドアが開いた。影山くんの声を聞いたら今まで我慢していた涙がどんどん溢れて、部屋の前に着くころには私は号泣していた。ドアを開けた影山くんが驚く。「ど、どうした!?とりあえず早くあがれ」と言う影山くんの声はいつになく焦っていて、でも私は何も言えなくて乱暴にパンプスを脱ぎ捨ててそのまま自分の部屋のベッドに倒れこんだ。



影山くんはいつもはしないくせに紅茶まで淹れてきて、私が泣きやむまでずっと私のベッドの脇に座っていた。ようやく嗚咽が収まってきて、私はむくりと起き上った。すると、影山くんが私に紅茶を差し出した。もうとっくに冷めていたけど、それを飲むと喉のあたりがすっとした。そこで初めて影山くんがそっと「…何があった」と小さく聞いた。私はまた泣きそうになりながら起きたことを全て話した。



「もう自分が馬鹿すぎて嫌になるよ…全部私の不注意だ…」

「でも、怖かっただろ。びっくりしたな」

「うん…」



影山くんは私に触れるわけでもなかったけど、話し方がすごく、寄り添うようだった。影山くんって、こんなに優しい話し方もできるんだなって、いつも「ボケ!」と怒っている影山くんだから、少し意外だった。またぼろぼろと涙が出てきた。こういうとき、きっとお父さんやお母さんなら抱きしめてくれるし、きっと助けてくれる。地元の友達だって、きっと無条件に私を受け入れてくれて大丈夫って言ってくれる。私は止まらない涙を拭うこともせずにベッドの上で体育座りをして膝に顔を埋めた。



「お家に帰りたい…」



本音だった。心の底からでた言葉だった。でも次の瞬間、私の膝を抱えていた腕が引っ張られて、私は反射的に顔をあげていた。もちろん私の腕を掴んでいたのはベッドの脇に座っていた影山くんで、私を正面から見ていた。目がとても強かった。もともと目力のある人だけど、本当に視線が強すぎて私は目を逸らすことができなかった。彼は真剣な面持ちのまま、ゆっくり口を開いた。



「お前の家は、ここだ。俺がいる」



もう、次の瞬間には涙で影山くんの顔は見えなくなっていた。涙はどんどん出てくる。そっか、私の家はここか。お母さんもお父さんもいないし、地元の友達の幼馴染たちもいない。でも、私にはここに、影山くんがいる。私の腕を掴む彼の手に自分の手を重ねて、「ありがとう」って言いたいのに泣いているせいでぜんぜん言葉にならないでいたら影山くんがベッドに登ってきて私を抱きしめた。影山くんのシャツを握りしめてわんわん泣いた。あたたかかった。



「…落ち着いたか」

「うん」

「面白い番組録画しといたから今から見るか」



私の嗚咽が小さな息に変わる頃、影山くんがすっと私を放した。泣きすぎたせいで頭ががんがんしていた。影山くんが部屋を出ていく。時計を見ると、もう朝の三時を回っていた。たぶん影山くんは私を元気づけるためにそう言ってくれたんだろうけど、さすがに時間が遅い。私はともかく影山くんは明日朝早いし、私は慌ててリビングに出た。



「あの、いいよ影山くん、もう夜遅いから…もう寝て。私もシャワー浴びて寝るから」

「そうか」



影山くんはちょうどテレビの電源を入れたところだったけど、私の言葉を聞いてすぐに電源を切った。影山くんは私の隣を通ったけど、目も合わさずに無言だった。その背中に「ありがとう、影山くん」と言うと、彼は振り向いて少し照れ臭そうに笑って「おう」と言った。「おやすみ」と言って自分の部屋に入る彼の背中になんだか少しドキドキしてしまって、いや違うそんなはずはと自分に思った。急いでお風呂場に向かう。そうか、私には影山くんがいるんだ。
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