「あっ、菅原さん!」 その日は委員で集まらなかった。予想以上に弾幕作りが進んだのと、その日の昼休みはみんな用事があったりして、作業を休みにしたのだ。お弁当を食べても物足りず、何か買おうと購買に来たところ、急に声をかけられた。見れば一緒に委員会をしている森重だった。苗字の部活の後輩で、少し派手な感じの女子だ。初め見たとき、雰囲気からあまり上下関係とか気にしない性格かと思っていたのだが、意外と真面目で部活も一生懸命らしい。苗字のことをかなり慕っているようだ。 「森重」 「お疲れ様です。お弁当ないんですか?」 「いや、食べたんだけどまだ物足りなくてね…」 「わかります。そういうこと、ありますよね」 森重はうんうんと頷きながら笑った。女子は、みんな笑った顔は素敵だと思う。でも、なんだろう。苗字の笑顔だけは、何かが違う。もっと、俺の心を満たす何かがある。でも、これが何かはわからない。わからなくていいと、ずっと思っていた。 「私、ずっと菅原さんは名前さんの彼氏だと思ってました」 「なんだそれ」 「結構うちの部でそう思ってる人多いですよ?菅原さん、名前さんのボール運んだりしてるじゃないですか。だから」 「いやそりゃ友達が重そうなもの持ってたら手伝うべ…」 「だから関わってみて、ああ菅原さんって彼氏だからどうこうとかじゃなくて、もともと優しい人なんだなってわかりました」 「そんなことないって」 言いながら、俺は言葉を詰まらせていた。友達が困っていたら、助けるに決まっている。そうなんだけど、苗字が友達であるという当然のことになぜか息が詰まった。その気持ちを振り切ろうとメロンパンに手を伸ばした。いや、メロンパンじゃなくてもっとお腹にたまりそうなコロッケパンにするか…。 「でもなんか、名前さんって、月島くんのこと好きなんですかね」 「…月島?」 「はい。名前さん、月島くんと話してる時すごく楽しそうだから、最初は菅原さんという彼氏がいながら…なんて冷や冷やして見てたんですけど。二人が付き合ってないんだから問題ないですね」 よかったよかった、と安心しながらパンを選び出す森重をぼんやりと見ていた。唖然としている俺にも気づかずに、森重は俺が一度手にしつつも置いたメロンパンを選んだ。苗字が、月島を、好き。その言葉が頭の中でぐわんぐわんと反響した。目の前が真っ白になりそうだったが、すぐに俺は我に返った。苗字が月島を好きなら、応援してやればいい。苗字がそれで幸せなら、それでいい。俺は、苗字の笑顔のためなら何でもするって、思ってたじゃないか。 |