太陽に向いて咲く | ナノ
地面から遠ざかる


大丈夫どうにかなる。心の中で小さく呟いたのはパニックを起こさないためだった。おかしい。どうしてこうなってしまったんだろうと一生懸命に振り返る。そもそも私が試合のエントリー表を持っていたのが悪かった。昨日の話だが、印鑑を忘れた私はエントリー表を提出する役を任された。その紙を家に持ち帰って自分の名前の欄に印鑑を押し、今日監督に提出する、はずだった。それが全て狂ってしまったのは、自然の力なのであって。



「あれ、大事な紙だよな?」

「お察しの通りです…」

「ちなみに何」

「今度の大会のエントリー表…」



はっはっはそれはヤバいな!と隣で御幸くんが笑う。いや、全く笑い事ではございません。というのも、先ほど職員室に向かう途中の中庭で前から歩いてくる同じクラスの御幸くんとのすれ違い際に私がエントリー表を落として、それを御幸くんが拾おうとしてくれたその瞬間にぶわっと風が吹いたのだ。御幸くんの指をすり抜けたその一枚の紙はふわりと舞い上がり、木の枝に引っかかった。毎年春に私たちを楽しませてくれる桜の木を、私はキッと睨みつけてやった。



「どうする、あれ汚したらヤバいだろ」

「うん…公式戦だし先輩たちにまた一から書いてもらうの悪いし」

「その前に予備の用紙あるかって問題な」

「う…ないかも…」



絶望的だった。御幸くんくらいの身長の人が頑張ってジャンプしたら届くだろうか、いやちょっと無理かな…。もしまた木の枝から落ちて花壇の中に入ろうものならエントリー表にサヨナラバイバイになりかねない。何かいい考えはないかなと考えていると、御幸くんがひらめいた、と言った。



「俺が担いでやるから、取れよ」

「ああなるほど…ってええ!?」

「大丈夫だよお前ジャージだし、気にすんな」

「いやいやそういう問題じゃ…事務室に行って脚立か何か」

「もたもたしてるとまた飛ばされるぞ。ほら早く。肩車してやる」



御幸くんが膝をついた。待て待て待て。確かに御幸くんは野球部だしキャッチャーだし体つきががっちりしているであろうことはわかる。でも私を肩車するの?仮にも実は私たち、今日というかさっき初めて言葉を交わした仲なのに?しかも私今日のお昼がっつりお弁当に売店で買ったパン食べましたが!思考が入り乱れて放心していると、御幸くんがにやっと笑った。



「大丈夫、無理だと思ったら正直に重すぎる降りてくれって言うから」

「あーもうはいはい乗ります!すみません失礼します!」



おずおずと御幸くんの首を跨ぐ。あれ、冷静に、人生で最後に肩車されたのはいつだったっけ。小学校の組体操では土台だったし、とういうことはそれ以前?などと考えていたら、ひょいと目線が急に高くなった。



「ひゃ!」

「お、届きそうじゃん」



御幸くんの飄々とした声が聞こえる。想像以上に視界が高くて怖くなり、御幸くんの髪を掴むと下から「いってえ引っ張んなよ」と聞こえた。いっぱいいっぱいに手を伸ばすと、ぴらぴらと揺れていたエントリー表に手が届いた。よかった…と安堵したのもつかの間、背後から聞こえた声で恥ずかしさで死にそうになった。



「ちょ、御幸…と苗字…何してんだ」

「え!?これどういう状況!てか倉持先輩の知り合いっすか!?何これ新しい技か何か!?」

「うるせえ沢村。オトナの事情だ」

「いや違うでしょ御幸くん!?」



顔を赤くして唖然としている倉持くんと隣にいる後輩であろう「サワムラくん」を見下ろす。ああ、とりあえず早く下ろしていただけないでしょうか。


 
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