太陽に向いて咲く | ナノ
甘く蝕んで消える


「あの…倉持くん」


彼の姿を見つけたので声をかけると、少しぎくりとして振り返った。その驚き方が何に由来しているのかはまだ定かではない。まあキス未遂は私の勘違いだったから、それではないかな。会話は、ある朝した「おっす」以来だった。何だか気まずさで私からは話しかけることはできずに、お互いに教室を出入りしなければいけない用事もあったりして話す機会はなかったから。御幸くんとは相変わらず席が隣だから話したけど、彼がこちらに倉持くんを呼ぶことはなかった。



「お、おう…どうした」

「あの、沢村くんから聞いたんだけど」



そこまで言って、もうその先は聞かなくていい気がした。倉持くんが明らかに動揺したような素振りを見せたからだ。目を少し見開いて、でも何も言わずに私を見ていた。私はぐっと息を飲む。



「その…ありがとう」

「別に、感謝されるようなことはしてねえよ」

「ううん…そんなことないよ」



何を言ったらいいかわからずに、そんな無難なことしか言えなかった。混乱している私にあの日沢村くんが教えてくれたのは、倉持くんが野球部員としての選手生命に関わるようなことをしてまでも私をストーカーから守った、ということだった。そういう沢村くんの隣にいた小柄なピンク色の髪の男の子はそうなんですと一生懸命に頷いていたので、きっと彼も倉持くんの後輩なんだと思う。そしてこの話を何人もの人が知っていることにも驚いた。



「罪悪感、感じてるよな、内田に対して。悪い、俺のせいで」

「そんな!倉持くんが悪いわけじゃないよ…私がこんなこと言っちゃだめかもしれないけど、むしろ感謝してるよ…」



どうしてか、今度は倉持くんが謝った。そんな神妙な顔なんて初めて見たので私は少なからず動揺して、慌てて否定した。内田くんが悪かった、というのもなんだか違う気がして、だとすると誰も悪くなかったと片付けるしかないのだが、そうもいかないと思う。少し重い空気が流れてしまったので、少し話を逸らそうと思った。



「でも、やっぱり御幸くんの言う通りだね。前に倉持くんのこと観察力がすごく鋭くていろんなことにすぐ気づくって言ってたから」

「違う」

「え?」

「ストーカー退治気取った俺が言えることじゃねーけどよ…ずっと見てたんだお前のこと」



一瞬時が止まったように感じた。頭が真っ白になる。倉持くんは目元を赤く染めていて、なんだか少し困ったような顔をしていた。今日は、いくつもの初めて見る顔に出会うようだ。私が固まったまま何も言えずにいると、倉持くんがまた続けた。



「お前のことずっと見てたから、お前が内田に付きまとわれてるってわかった。不快に、思うよな。悪い。内田みたいにお前に迷惑かけたりとかするつもりは微塵もなかったんだけどよ…でも」

「な、何言ってるの」



思わず彼の言葉を遮った。今度は倉持くんが驚く番だった。次に何と言ったらいいかずぐには思い浮かばなかったけど、とにかく彼を止めなければと思った。私が息を飲む音がやけに大きく聞こえた。



「思い違いをしてるよ、倉持くんは…私は…私は、倉持くんの今の話聞いたって全然不快になんか思わないし、むしろ沢村くんから聞いたとき、自分の大切なもの犠牲にしかけてまで私のためにって、嬉しくて…だから、そんな風に言わないで」



最後の方は、声がかすれて消え入るようになってしまった。目を見開いていた倉持くんは、少し沈黙してからふうっと息を吐いた。どうしてか、それは諦めているようにも見えた。少し笑って見せた彼には、力がなかった。



「悪い。けど好きなんだよ、お前のこと」

「・・・」

「なんだろうな。お前を内田から守りたかったわけじゃなくて、誰かのものにしたくなかっただけかもな。単に俺のエゴで」

「それでも、いいよ」



そう口走っていた。でも、本心だった。倉持くんが静かに私に近づいた。顔は真剣そのもので、凛としていた。私は呼吸が止まりそうになりながら、少し身を固くしつつも動かなかった。倉持くんがそっと、私の頬に手を添えた。



「こないだの続き、してもいいか」

「あれ、やっぱりそうだったんだね…」

「何だと思ったんだよ」

「私の勘違いかなって」

「んなわけねーだろ」



彼が呆れたように笑ったので、私も思わず笑ってしまった。ぴんと張っていた緊張の糸がぷつんと切れる。視界が暗くなって、倉持くんの唇がゆっくり私のものに重なった。


 
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