▼ 許せなかったこと
「倉持の野郎、危うく暴力事件を起こすところだったらしいじゃねーか!ふざけてんのか!」
「落ち着け純、何かあいつにも言い分があるはずだ」
「まあ、純の気持ちはよくわかるよ」
ヒゲ先輩とキャプテン、お兄さんが話しているのを聞いて嫌な予感がした。倉持先輩が暴力事件。確かに倉持先輩は元ヤンだしかつては超問題児というのは聞いていたけど、野球に全てをかけている今、そんなことで全てをぶち壊しにするなんて、倉持先輩がするわけない。
「どうなってるんだよ!」
「大丈夫だ。未遂だし、今監督と話してるが大事にはならねーよ」
「倉持先輩は何かわけあって…!あ、もしかして…」
「どうした」
「きっと苗字さんを守ろうとしたんだ、ストーカーから」
「なんだ、知ってんのかその事」
「やっぱり…!」
「俺もそれはわかってる。だから大丈夫だ」
いつもなら高笑いする御幸一也が神妙な面持ちで言った。やっぱりそうだ、倉持先輩が正当な理由もなく暴力なんてあるわけない。ぐっと拳を握って、倉持先輩と監督が話しているであろう部屋の方を向いた。
***
「倉持」
呼ぶとやつは立ち止まるだけで振り返らなかった。彼は注意を受けただけで罰は受けなかったそうだ。監督も倉持が何の理由もなく暴力なんてするはずがないとわかっていたのだろう。結局、その理由を監督に話したのかどうかはわからないが。やつの斜め後ろまで歩み寄って、立ち止まった。倉持は黙ったままだった。
「苗字だろ」
「………」
「沢村にも感づかれてんぞ」
「…ああ」
倉持の声は低く、深かった。いつだか内田剛について教えて欲しいと言われ、かつて同じクラスだったから教えたことがあった。やつは無駄に観察力が優れているから、苗字が内田に付きまとわれていることにいち早く気づいたのだろう。まあ、理由はそれだけではないだろうけど。今度は彼の横に並ぶと、やつの顔が見えた。真っ直ぐ前を睨んでいた。
「内田が何かするつもりだったのか」
「あいつカッター持ってて…苗字が振り向かないなら、一緒に死んでやるとよ」
「おいおい、まじかよ」
「まじで勝手だなって思った。死ぬなんて本気じゃねーだろうなとは思ったけど、頭に血のぼったんだよ」
「内田なんかのせいで苗字がいなくなってもらっちゃ嫌だもんな」
倉持は静かにこちらを向いた。相変わらず睨んではいたけど。なんとなく思っていた。でももうそれは確信へと変わっていた。倉持は苗字のことが好きだ。そうだからこそ、俺も彼女に関心を持っているのだ。よっぽどお前の方がストーカーみたいだぞと言いたくなるほどに、彼女のことを好きなくせに。俺はちゃんと聞いていた。内田に殴りかかる前に、「好きなら守れよ…どうして傷つけようとすんだよ!お前は俺が許さねえ」と倉持は怒鳴っていた。
「俺は、死ぬとか何とか人の命粗末にするやつが許せねーんだよ。ましてや俺は暴力未遂だけどあいつは殺人未遂だぜ」
「確かにな…」
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