どうしてこうなった、そう聞きたいのはリコの方だった。逃げたくても後ろは壁、前には長身の木吉がいる。そして腕は力強い木吉につかまれている為、完全に逃走は不可能だ。離して、と何度も言った。だが、木吉には離す気配がない。しばらくお互い何も口にせず、下を向いていた。しかし木吉が数分経ったとき口を開いた。

「リコは、何も分かってないな」
「分かってない…?」
「ああ、何も分かってない。…さっき、部室の鍵閉め忘れて着替えを日向達に見られただろ?」

そう言った時の木吉の瞳は今まで見せたことないくらいの鋭さで、リコは一瞬怯んだ。だが何でそのことで怒っているのかはリコには分かるはずもなかった。木吉はリコの戸惑いの表情を見て少しだけ視線を外して、言葉を続ける。

「リコは無防備すぎる。男がどんな生き物なのか分かってるか?」
「鉄平、どうしたの?今の鉄平、変よ」
「どうもしない。オレは…、オレはリコが好きだからその無防備なところが心配で仕方ないんだ」

リコへの思いが溢れて止まらない。止まれ、そう自分に命令した時にはもう遅かった。言葉に出してしまった。リコは驚きを隠せずに、口をぽかんと開けて木吉の顔を見る。その表情さえも愛しくて、木吉は少しだけ頬を緩めた。木吉のやわらかな笑顔を見てリコは我に返る。

「あと5秒だけ時間をやる。だからその間に逃げたいなら逃げればいい」
「た、った5秒?!鉄平無理よ!」
「…タイムリミット」
「鉄平、やめ、」

低く呟いた木吉の名前をリコは咄嗟に呼んだ。しかし、その瞬間唇は塞がれていた。最初から、木吉には逃がすつもりはなかった。リコを少しの時間だけでもいいから独り占めしたかった。
リコの視界には今は自分しかいない、それは幸せなことであると同時にとても辛く、失ったものも大きかった。

「リコ、好きだ」


タイムリミット


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