「えー…と、ごめん…」
「ううん!仕方ないよ、試合が入っちゃったんだもん!」

そう明るく言う千代は内心、すごい落ち込んでいた。楽しみにしていた久々のデートが急に入った練習試合のせいで駄目になったのだから。しかしその思いを伝えれば、叶を困らせてしまう、千代はそれだけは嫌だった。そう考えてその思いをおさえこみ、できるだけ明るく言った。

「じゃあまた明日電話する」
「うん、試合頑張ってね!」
「ありがとう」

最後にお礼を言って通話を切る。ツーツーツーと静かな部屋に音が響く。急に胸に小さな穴ができたように、そこから体が冷えていった。


次の日練習試合が行われた、場所は三星学園。相手チームの学校もそれほど大きいところではなく、野球部の人数はざっと20人前後。しかし実力はそれなりにあるようで、簡単に点を取らせてくれそうになかった。そして一番の問題は、叶が本調子ではない、ということだ。原因は昨日の千代との通話内容。千代の落ち込んだ声が耳から離れないのだ。

「おい、叶。どうしたんや?」
「どうしたって何が?」
「心ここに有らず」
「え?」
「目の前の試合のことを考えずに、何を考えてんねん。お前がそんなんじゃ他の奴らもやる気無くすわ」

織田にそう言われ、そのとき初めて自分がやってることの重大さに気づいた。試合中に他のことを考え、仲間に迷惑を掛けている自分。

(何やってんだよ、俺は…)

叶は自分の頬をぱしんと叩き、気合を入れ帽子を深く被り直した。隣に座っていた畠はその表情を見て、嬉しそうに笑い背中をポンと押しながら言った。

「俺達の野球をしようぜ」
「ああ」

集中しているときの叶の球は先ほどなんかの比ではない。キレのあるフォークで次々とバッターを打ち取っていく。全く手が出せない相手チームは段々と苛立ち始め、フォームが荒々しくなっていった。崩れたフォームで叶の球を打てるはずもなく、相手チームの攻撃は終わった。気合を入れ直した叶の姿を見て、他の部員も嬉しそうに笑った。

「よし、いくぞ!」
「おおっ!畠思いっきり打て!」

その後、畠が見事にホームランを打ち笑顔でベンチに戻ってきた。叶は最高の笑顔で迎え、畠の背中に飛び乗り、更にその上に他の部員も乗る。重いっての!なんて言いながらも嬉しそうな表情の畠、その様子を見ながら織田は満足そうに頷いた。

そして最終回、最後の守り。叶がマウンドに立つ。そしてキャッチャーである畠の方をまっすぐ見る、そしてその後ろのフェンスには千代がいた。息を切らしていることから今来たばかりだろう。口パクで何かを伝えようとしている。

(が ん ば れ !)

そして微笑んだ。

ありがとうと口パクで俺も伝える。千代は嬉しそうに頷いた。叶も嬉しくて顔がニヤけたが畠に変な目で見られたのですぐに真剣な表情に戻す。振りかぶって、そして投げたそのボールは今日の試合で1番早くていい球だったと畠は言う。


∵本当の実力
(君がいれば僕はいくらでも強くなれる)


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