※パラレル/千代は高1の夏大時に転校→高3に西浦へ再び


転校が決まったのは夏大の初戦突破後のことだった。突然父の転勤で、家族全員で東京に行くことが決まり、あまりにも突然のことで受け入れることがなかなかできなかった。皆に話すこともできず、私はそのまま転校した。話すことができたのは監督と志賀先生だけだった。二人とも悲しそうな顔はせず、でも無理して笑っていた。私はその笑顔を見ていたら切なくなって泣いてしまった。監督はただただ私を抱きしめて、涙が止まるまで頭を撫でてくれた。


そして、転校してから3日後一通の手紙が届いた、物凄い厚さの。差出人は、監督だったけど中に入っていたのは12枚の紙と2枚の写真。読んだ瞬間涙が出た。一人一人丁寧な字で私へ手紙を書いてくれた、そのことが嬉しくて嬉しくて。


三橋廉【篠岡さん、いつも優しくしてくれてありがとう。俺、必ず甲子園行くよ!だから早く帰ってきてね】

阿部隆也【突然のことで、正直かなり驚いた。でも一言ぐらい言ってくれればよかったと思ったけど、篠岡が1番ショックだったもんな。俺達はいつまでも篠岡を待っている】

沖一利【篠岡がいなくて寂しいけど、頑張るよ。だから篠岡も頑張って。俺達のマネジは篠岡だけだよ!】

栄口勇人【篠岡、泣いてない?篠岡自身が望んで転校したわけじゃないからさ、泣いてないか心配だよ。早く、俺達に元気な姿見せてよ】

田島悠一郎【篠岡元気か?!泣いてないか?!俺、篠岡いなくてすっげー寂しい!!篠岡、早く会いたい!】

巣山尚治【篠岡いなくなって、かなり落ち込んだ。俺達にとって篠岡はすげえ大切な存在なんだって気づかされた。できるだけ早く帰ってきて欲しい】

水谷文貴【篠岡がいなくなってすごい寂しくて俺泣いちゃったよ。篠岡の握ってくれるおにぎりも食べれないなんて…俺いつでも待ってるからね!】

泉孝介【俺、篠岡の握ってくれるおにぎり好きだ。それに篠岡の笑顔も好きだ。早く、帰ってこい】

花井梓【なんて書けばいいかわかんねえ、正直。…篠岡がいることが当たり前になっていたから突然いなくなってすごい悲しいんだ。俺達はいつでも待っているからな】

西広辰太郎【突然のことですごくびっくりしたよ。早く帰ってきて、俺に野球のこともっと教えて?篠岡がいないと、寂しいしね】

監督【千代ちゃん、皆を宥めるの大変だったわ。みんなで東京に行くって言い始めて…千代ちゃんに会いたかったんだろうね。私達はいつでも待ってるから安心して】

先生【篠岡、東京の方には慣れたかな?東京は人も多いし、苦労するだろうけど頑張って。いつでも帰っておいで】


入っていた2枚の写真は、1枚は夏大が始まる前に皆で撮ったもの、もう1枚は7組の集合写真だった。みんなの後ろにある黒板に大きな字で【篠岡、頑張れ】と書いてあった。
…皆に会いたい!会いたい会いたい。いくら願っても会えるはずもないのに、でも会いたくて仕方ない。涙が溢れてとまらない。

私はそれから色んなことに挑戦した。東京の高校を受験して受かって、期間限定で通うことになった。そこでも野球部のマネジをやることにした、皆と過ごした日々を思い出すたびに涙が出そうになったけど、私はあの日涙を流さないと決めた。だから泣かない。今はここにいる野球部員のマネジで、皆のマネジじゃない。だから、ここにいる皆の為に仕事をする。私はどこまでも続く青い空を見上げて、皆の顔を思い描いた。

そして高3の夏、大会が始まる1ヶ月前に帰ってきた。再び西浦に入学手続きをして、私はグラウンドへ向かった。皆に会いたくて会いたくて、走った。そして私は皆を見つけた。そこにいた皆はあのときより身長も高くなっていて大人びていた。後輩もざっと30人ほどいた。夏大の活躍で新入生があんなに入ったんだ…。私は嬉しくて嬉しくて涙を流した。でも皆に会う勇気がなくて、フェンス越しからしか見ていることができなかった。

そのとき後ろから声をかけられた。

「千代先輩?」
「え?」

私より背は高くて、顔も大人っぽい。阿部くんと顔がすごい似ている、そう思った。なんとなくだけどどこかで会ったことがある気がする…どこだっけ?それに私の名前を何で知ってるの?

「あ、俺阿部隆也の弟っす!篠岡千代、先輩ですよね?」
「あ、阿部くんの弟さん!あれ、なんでここに…?」
「今日だけ練習に参加させてもらってるんスよ。それと千代先輩のことはよく兄から聞いてたんで」

あ、そうなんだ。それにしてもすごい似てる、1年の時の阿部くんそっくり。私は何故か笑ってしまった。それがどうしてかは分からなかったけど。

「シュン!何やってんだ!そんなとこで女とイチャイチャしてんじゃねえぞ!」

そのとき、阿部くんの怒鳴り声が聞こえた。昔よりほんの少しだけ低くなった声、相変わらずの大声に私はまた笑ってしまった。変わっていない。阿部くんは私だって気づいてないみたい。やっぱり忘れちゃったのかな。少し悲しかったけど仕方ないよね、と思い直して。阿部くんの方を向いた。阿部くんはものすごい驚いて、暫く固まっていたけどすぐに私の方へ向かって走ってきた。

「し、のおか、だよな?」
「…覚えててくれたの?」

嬉しい、覚えててくれた。

「忘れるわけねえだろ!俺達の大事なマネジなんだからな…おかえり」
「ただいま」

私は笑顔でこたえた。阿部くんも笑顔で、私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれて私は帰ってきたんだなと実感した。そしたら監督や志賀先生も気づいて駆け寄ってきてくれて監督に思いっきり抱きしめられた。私は苦しいようと言いながらも嬉しくて、抱きしめ返してしまった。

「…篠岡?篠岡がいる!おかえりーーー!」

大きな声で田島くんは駆け寄ってきて、その声で私の存在に気づいた皆も驚いた表情をして走って向かってきた。

「(すげえ大人っぽくなってる…髪伸びてるし雰囲気も変わったな)」
「(可愛いって言うより綺麗って感じだな)」

篠岡の数年前と今の姿を重ねてそう考える部員。でも、話してみると中身は全く変わってなくて。

「「おかえり、篠岡(千代ちゃん)!」」
「ただいま…っ」

私は皆の優しい笑顔にまた涙がでてしまった。


∵おかえり、いとしのきみ


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