いつだって篠岡は一生懸命だったのに。俺は篠岡を傷つけた、泣かせた。後になってそれがどれほど大変なことなのかに気づいた。それも花井に言われて、初めて。自分でも最低だと思う、篠岡の努力を無駄にしたんだからな。篠岡、わるかった。

そんなことを心の中で言葉にするけど、口には出せない。自分はこんなにも臆病だったのかと、自分で自分に笑った。あんなにえらそうなこと言っといて、分かってないのは自分の方だった。その事実に苛立った。

「篠岡、悪かった」
「え、」

俺が謝ると篠岡は何で謝るのか分からないと言った表情で俺を見つめた。その表情は、悲しそうで今にも泣きそうな瞳だった。俺にはそんな表情をする意味が分からなかった。何で謝るのかと、聞いた意味も。

「俺は、篠岡を傷つけた。だから、」
「ううん、別にいいの。本当のことだし、私がもっと頑張れば良かったんだよね。ごめんね、阿部くん」

…違う。篠岡は悪くない。悪いのは全部俺なんだ。なのに、なのにどうしてなんだよ!どうしてそんなこと言えるんだよ、そんな、泣きそうな笑顔で…どうしてだよ?

俺は気づけば、篠岡を自分の胸に抱きしめていた。強く、強く。どうしたいというわけでもなく、ただ篠岡を抱きしめたくなっただけ。自分でも訳が分からなくなっていたんだ、篠岡も呆然として抵抗も何もしなかった。お互いの胸の音しか聞こえないくらい静かな空間で、俺達は暫くその体勢でいた。

「わ、わりぃ」
「ううん…」

お互いに何を話せばいいか分からなくて、無言が続く。気まずい。俺は何をしているんだ、篠岡を急に抱きしめたりするなんて。どこか、おかしくなっている。色々いい訳を考えようとしたが全く出てこなくて。俺はもうどうでもよくなってしまった。『抱きしめたくなったから抱きしめた』これは事実だから。もうそれでいいと思った。

「あ、阿部くんは悪くないから気にしないでね。本当に」

篠岡は無理してそう言ったんだと思った。笑顔も無理してる。

「篠岡、俺は篠岡がマネジで良かった」
「…うん。私もキャッチャーが阿部くんで良かった」

俺も篠岡も始めて笑顔になった。初めて、お互いを理解できたような気がして。俺は嬉しかった。篠岡は俺の笑顔を見て、何故か安心したような表情を浮かべた。俺が、何?と聞くと嬉しそうに笑って言った。

「私、阿部くんのそういう顔が見たかったんだ」

…。俺も心の奥底でいつも思っていた。「篠岡の笑顔を見たい。自分だけに向けられた笑顔を。」って。俺達は似ているのかもしれない。似ているから、お互いに意見が合わなかったりそれが原因で喧嘩したり。俺は吹き出してしまった。篠岡は不思議そうに俺を見つめた。

「俺も篠岡のそういう顔が見たかった」


∵そういう顔が見たかった
(反発しあうことは決して悪いことではないと知った)


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