二人の様子に変わったところなんて一つもなかった。だから俺達は気づかなかった、寧ろ気づけなかった。だから、阿部が誤って篠岡のことを下の名前で呼んだ出来事は今までで一番の事件だったと思う。

「千代、データありがとな」
「あ、阿部くん!」
「え、あ?!」

阿部はしまったという顔をしていていつもの冷静さがほとんどなくなっている。普段の阿部からは考えられない姿で思わず笑ってしまった。

「あっれー…いつのまに?」
「阿部が篠岡を名前呼びねー…。結構前からですか、それは」
「う、うっせえ!篠岡の下の名前は何だ?!千代だろ!それのどこがおかしい!」

ちょ、阿部興奮しすぎてつっこむところがおかしくなってる。顔、耳まで超赤いし。篠岡も恥ずかしそうに下を向いてる。普段、みんなに頼らない阿部だから傍で支えてくれる人…篠岡がいるなら安心できた。とてもお似合いだと思った。

「ふーん、それでそれで?篠岡さんは阿部さんをどのように呼んでいるのですか?」

水谷がふざけたようにマイクをもつ振りをしてその振りをした手を篠岡の口元に寄せた。篠岡は照れながらも覚悟を決めたようで、小さな声でボソッと言った。

「隆也…くん」
「「おおおおお!!」」
「たーかやくーん!」

その返事を聞きすかさず田島と水谷がからかいの言葉を阿部に向ける。いつもの阿部ならキレて殴りかねないが、今の阿部にそんな余裕はなくてただひたすら耳を手で覆い何も聞かないフリをしていた。そんな阿部がとても珍しく、俺は阿部にバレないように小さく笑う。

「隆也くんと千代…かー。らぶらぶじゃん」
「阿部としのーかってどこまでいったのー?」
「ばっか!阿部のことだから、もうキス以上のことを「うるせえ!!」

泉がにやりと笑いながら放送禁止用語を使おうとした。俺が止めるより先に本人の怒声でそれは止められた。

「あれ、動揺してる?図星か?」
「ちげえよ。俺は篠岡を大事に想ってる。でも今は野球の方が大事だ。それで篠岡に辛い思いをさせてることを分かってる。だからしっかり高校を卒業してからそういうことはゆっくり篠岡と俺のペースで…って、何で黙んだよ」
「「………」」

あれ、なんか俺涙出てきた。阿部がそこまで篠岡のことを考えていたのかと思うと俺まで幸せな気持ちになった。

「なんか…ごちそうさま」
「うん、聞いてるこっちが照れるよ」


∵いつのまにか君らは
(大人になっていたんだね)


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