▽葵視点
最初から彼は心を閉ざしていて、まるで分厚い鎧を身に纏っているようだった。重くて分厚いその鎧はどうやっても外せそうになくて、私は半ば諦めていた。どんなに話しかけても彼は必要以上には話してくれないから。寧ろ話しかければ話しかけるほど彼はどんどん遠ざかっていくような気さえもした。どうすれば彼は心を開いてくれるだろう、私は話がしたいだけなのに。
「あーおいっ。どうしたの?ボーッとして」
「あ、少し考え事してたの」
「…それって剣城のこと?」
私は驚いて、言葉がすぐに出てこなかった。どうして分かったんだろう。私が剣城君のことで悩んでいること。誰にも喋ったことなんてなかったのに。そんなに分かりやすかったかな。でも今思ったけど、別に好きとかそういう感情じゃないんだから隠すことでもないじゃない。それに天馬は鈍感だからそういうことに疎いし、仮に私が剣城君を好きでも絶対に気づかないはず。驚くまでもなかったなあ…。
「あのね、剣城君との壁をなくしたいなあって」
「壁?あぁ、葵は剣城と仲良くしたいんだ?」
「うん、天馬だって今よりもっと仲良くしたいでしょ?」
私がそう聞けば天馬は嬉しそうに頷いた。剣城君とだいぶ打ち解けた天馬でさえそう思っているんだから、私だってもっと仲良くなりたい。そんなことを天馬と話していたら、私たちの会話を少し前から聞いていたらしい信助と狩屋君と影山君が会話に入ってきた。
「僕も剣城と仲良くしたいなあ」
「えー…俺はいいや。あいつとは絶対合わないって自信あるし」
「とか言って狩屋、剣城のことよく話題にしてるよね」
天馬がニヤニヤしながらそう言えば狩屋君は真っ赤になってそれを否定する。…図星か。そんなに顔を赤くして否定されても信じられませんよ、狩屋くん。なんてからかってやったらさらに顔を赤くした狩屋君の逆襲が始まった。なんと、私の脇腹をくすぐり始めた狩屋君。くすぐったくてけらけら笑う私を天馬たちが楽しそうに見ていると、狩屋君は標的を私から天馬に変えた。ぴょーんと兎のように飛び移ろうとしたけど、天馬がギリギリのところで避けたから、狩屋君は顔面から地面に倒れる。ああ、痛そう…。私は手を差し出そうとしたけど、天馬に腕を引っ張られそれができなくなる。
「天馬?!」
「葵逃げるよ!狩屋絶対襲ってくるから!あ、ほら!」
「逃げるな!!」
狩屋君が鬼の形相で追いかけてくるのが見えた。あ、本当だ。私は思わず吹いてしまう。天馬も私につられるようにして吹いて、それからお互い顔を見合わせて笑った。
鬼ごっこなんて懐かしいなあ、なんて昔のことを思い出していたら剣城君がこちらを見ているのに気付いた。切なそうな表情をしている気がした私は、剣城君のところに向かって走り腕をとった。
「何の用だ」
「剣城も走るよ!鬼ごっこだから捕まっちゃだめだからね!」
「いや、意味が分からないんだが」
「狩屋君からとりあえず逃げるの!ほら行くよ!」
少しでも壁をなくしたいと思って、鬼ごっこなんて誘ってみたけど、怒ってるかな?そう思って横を余裕の表情で走る剣城君を見たら、嬉しそうに笑っていた。あの黒い笑みじゃなくて、心の底から笑っているような笑顔。
ほんの少しだけ、壁をなくせた気がした。
鎧を脱ぎ捨てて笑ってほしい
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