- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-友の死-


扉間は火影邸からそう遠くはない霊園でセンリの後ろ姿を発見し、後ろから近付いたが慰霊碑の前で何かを語り掛けている唄声の様なセンリの声に気付いて咄嗟に足を止めた。

センリは扉間に気付くこと無く静かに言葉を紡いでいた。比較的小さな声だったが、それが扉間の耳には嫌にはっきりと聞こえてきた。



『…来るのが遅くなってごめんね。ちょっと任務についててさ。帰ってきたら桃華が戦死したっていうんだもん、びっくりしちゃったよ』


扉間がいるのはセンリの斜め後ろで、白銀の長い髪でその顔は見えなかったが微笑んでいるだろう事はその声音から察知できた。


『桃華がやられるなんてよっぽど強い人だったんだね。出来ればもう一度ちゃんと会いたかったなあ。本当にやんなっちゃうよね、別れるのが突然でさ』


本当にそこに桃華が存在しているかのような喋り方だった。聞いてはいけないものかもしれないと扉間は思ったが、地面の芝に張り付いたように足が動かなかった。


『ねえ、覚えてる?桃華と友達になった日。戦場で何回も顔を合わせてたのに、あの時は何だか変な感じだったよね。桃華は突然私に感謝してきてさ……想像以上にかわいくて話しやすくていっつも私の冗談に笑ってくれて、私、すごく嬉しかったなあ。二人でお団子食べるのも楽しかったよね。恋の話なんてしちゃって』


多分桃華はセンリがこの世界に来てから初めて出来た親友と言ってもいい友だった。

硬い灰色に光る石でできた慰霊碑には殉職した忍の名が刻まれ、千手桃華の文字を指で撫でると冷たく硬い感覚が指先に走った。


『桃華の恋人の話とか聞きたかったなあ。花嫁姿も、見たかったなあ』


冷たい温度がどうしようもなく現実を直視させた。扉間の存在に気付くこと無くセンリは続ける。


『もっと色んな話、したかったなあ。一緒に出掛けたり、とかさ。でも……桃華、よく頑張ったね。戦うのも疲れたよね。今頃お父さんとお母さんに出会えたかな?きっと会えたよね…』


桃華の両親は共に戦国時代に亡くなっており、センリもその事を知っているのだろうと扉間は思った。


『桃華、お疲れ様。ゆっくり休んでね』


センリが死んだ忍達にいつも語り掛けている言葉だった。死ぬなという哀願でも、仇は必ずとるという憎しみの言葉でも無い。センリが忍達に口にするのは必ず、労りと感謝だった。

センリに看取られて逝く忍達は幸せなのではないかと扉間はふと思った。

敵にやられ遺言も遺さずに死んでいく忍も、即死の忍も、誰にも看取られず最後に一人で死んでいく忍だっている。その残酷な世界の中でセンリのあたたかな笑顔とその柔らかな手の温もりに包まれながら、やさしい言葉をかけられて死んでいく忍達は幸福なのではないだろうかという奇妙な考えが扉間の頭の中に生まれた。


『ありがとう、桃華。たくさん話を聞いてくれてありがとう。一緒に修業してくれてありがとう。私と友だちに、なってくれて…ありがとう』


センリは慰霊碑の前に手をかざした。するとその手の下に白蘭が現れる。

少し強い風が吹いて柔らかなセンリの髪を攫っていった。


「……」


少しだけ髪の隙間に見えるセンリの左の頬に一筋涙が光っていた。

美しい絵画か何かの様にそこだけ時間が止まっているようだった。見てはいけないのに、力を入れようとする程逆に力が抜けていくような感覚がして扉間はやはり動けなかった。


触れたら今にも消えてしまいそうな脆く儚い泡沫の様に見えた。そっと触っても割れて消えてしまう様な、儚い美しさだった。


『私は、“あなたを忘れない”よ』


ささやく小さな声が風に乗って扉間に届く。

センリが流した涙が頬を伝って地面に落ちるとそこから粉雪が生まれたように見えた。


それを歯切りに扉間はそっと足を後ろに踏み出して、気配を消してセンリから遠ざかった。桃華の髪留めはセンリの悲しみが少しでも癒えてから渡す事にしようとその場を後にする。

ポケットの中の髪留めを握り締めると、先程までのセンリの涙が頭に浮かんでそれが少しだけ苦しかった。
[ 108/230 ]

[← ] [ →]

back