- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-第1次忍界大戦-


センリが尾獣探しの任務を受けてから二日後、センリが旅立つ日の前日だった。

最後の夜までマダラは心配そうな表情が崩れなかった。あまりに不機嫌そうなのでセンリがつい笑ってしまう程だった。


『マダラ、大丈夫だよ。うまくいけば三、四ヶ月くらいでみんなを集められるだろうし。そんなに心配しないで』


隣で不貞腐れたような表情でソファに身を沈めているマダラに向かってセンリが微笑む。だがやはりマダラの表情はそのままだ。


「馬鹿、心配に決まってるだろう。お前と数ヶ月も離れるなんて…」

そう言ってマダラは大きく息を吐いた。


『マダラは心配性だなあ』


子を思う親の様な口調にセンリは笑ったが、マダラがきっと睨んでくるので引き攣ってしまった。


「当たり前だろう。里から出てしまえば俺がお前のところに行く事も出来ないんだぞ。お前が怪我を負ったとしても、満月の日でも…ただでさえ危なっかしいのに…。それに今はどこへ行っても戦乱が起きている。その中にお前を一人放り込むなんて、」


センリはマダラの手の甲に自分の手の平を重ねた。マダラはセンリの微笑みを見て言葉を止める。


『これで戦争が終わりに出来るんだよ。私が尾獣達を探し出してくれば、もうみんな戦わなくて済む。里の人も他の人も、死ななくて済む。尾獣達にも会いに行ける……これは私にしか出来ない事なんだよ』

「それは…分かっている」


マダラの声が微かに小さくなる。センリは畳み掛ける様に両手でマダラの手を握った。


『大丈夫、私は死なないよ。マダラが待ってる木ノ葉に、必ず帰ってくるから』


穏やかな口調。昔と少しも変わらない。
自分がどんな事をしても、どんな事を言っても決して声を荒げず、不安がれば静かに語りかけて『大丈夫』だと言ってくれる。センリがそう言えば本当に何もかもが上手くいく気がするのだ。

本音を言えばセンリを任務に行かせたくはない。だがセンリが尾獣達を探し出せることが出来ればこの戦争が終わる。全部分かっていて、それでもどうしようもなく不安な気持ちを消せなくて、マダラはセンリを抱き締めた。

センリは自分をきつく抱き寄せる腕に一度は驚いたがすぐに優しい表情に戻ってその背中を撫でた。


『よしよし、大丈夫だからね。すぐに帰ってくるから……私の帰ってくるところは、ここだもん。マダラのがいる、この場所なんだから』


母性が滲み出てるのではないかと思うセンリの行動に何か言い返そうとして、マダラは口を噤んだ。自分を思うセンリの心情が、痛い程に分かっていたからだ。


『私だってマダラが心配だよ。また戦場に行かなきゃ行けないだろうから……でもマダラは大丈夫だって信じてるから』


昔から無条件に自分を信じるセンリの気持ちが急にいとおしくなってマダラは華奢な肩に顔を埋めた。


「…戦いのない平和な世界を望んで作り上げた里が、また争いを呼ぶのか」


昔からセンリの温もりに包まれていると、自分でも思いもしなかった本音が転がり出る。ほとんど無意識に出てしまった小さな呟きに、一瞬マダラは自分自身で面食らった。だがセンリの方は、その心さえも分かっていたというようにマダラの背中を優しく叩いた。


『確かに……戦いが起きてしまった要因の一つは隠れ里なのかもしれない。何が正しくて間違っているかなんて…私にも分からない事だってある』


マダラはセンリの肩からそっと顔を上げた。センリの金色の瞳の中で、優しい光が揺れていた。センリはマダラの前髪をゆるやかな手つきで梳かした。


『でも……里をつくった事が間違いだとは、私は絶対にそう思わない』

穏やかな口調だが、きっぱりと言い切るセンリの言葉に、マダラはどこか安心していた。

『里をつくった事は、平和な世界への第一歩なんだと思う。本当に、みんなが分かり合える世界になるには…きっと長い道のりを歩かなきゃいけないと思う』


“力があれば、すぐに平和は創れるのでは?”と、そうマダラが口を開きかけた所でセンリがまたマダラの手を優しく握った。


『圧倒的な力があれば、力ずくにでも平和はつくれるのかもしれない。でも私は……楽をして手にした平和はすぐに崩れてしまうとも思う』


マダラは黙ってセンリの言葉に耳を傾けていた。自身の手に乗せられた小さな手の平から伝わる温もりが、マダラの中の小さな棘を優しく取り除いていった。


『何よりも強い力は、それを示す事によって…確かに人を従わせる事が出来る。強い力があれば簡単に人を支配できる…でも、だからこそ、私達は力で平和をもたらそうとするんじゃなくて、心を受け止め合ってそれを創り上げていかなきゃならないと思う。力では……例え人の“行動”は縛れても、人の“心”までは縛る事が出来ないから。絶対に』


センリの脳裏に、かつて道を違えた家族の姿が過ぎっていた。マダラは確かにその魂の片鱗があった。だが、その心はすでに変化していると、センリは確信もしていた。

その証拠に、マダラは優しげな瞳でセンリを見ている。


『大丈夫だよ、私達なら!』


センリがそう言うと、マダラはふっと困ったように微笑んだ。苦笑したわけではなく、ただ目の前の人間が愛おしいと感じたからだ。

センリの存在がここまで自分の心の深い部分にまで影響を及ぼすとは以前の自分に言ってみても信じてはもらえないだろう。これではまるで信仰心ではないか。そんな事を考えてマダラは自分自身にも笑いをもらしていた。


「お前は本当に……昔から変わらないな。お前の考えは、俺には眩し過ぎる」


センリはマダラの両手を握る手の平にそっと力を込めた。


「だが……俺はお前の信じる事を“信じている”」



結局マダラにとってはずっと、センリの存在だけが正しいものだった。センリはいつでも自分を信じ、力が全てではないと証明してきていた。その心だけはいつでも正しいものだった。

マダラの言葉をきっちりと受け止めたセンリは、嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。センリにとっては心から嬉しい言葉だったのだ。

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