- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-第1次忍界大戦-


センリの記憶にある数メートル程の体の大きさではなかったが、身の丈数十メートルはあろうかという橙色の獣体はすぐにクラマだと確信出来た。


『クラマ…!』


センリは最後の距離を一気に詰めて走り寄る。
クラマは叫び声のような鳴き声を上げながらのたうち回っていた。その巨大な体には龍のような形をした木が絡み付いている。それが柱間の木遁だと気付くのに時間はいらなかった。


「センリ様…!?今行っては…!」

『大丈夫!あなた達はそこに居て!』


クラマとマダラの須佐能乎が見える少し離れた地点に何人かの忍が立ち竦んでいた。怪我人を介抱している忍がいたが、見る限り重傷者はいないようなのでセンリは横を通り過ぎてクラマ目指して走った。


開けた地点で、視界の隅には大きな滝が見える。

近付くにつれて地面が揺れているのが分かった。クラマが鳴き声を上げながら柱間の木遁からどうにか逃れようとしている。マダラの須佐能乎が橙色に迫っているのが見えた。青色の炎を纏った刀を振りかざしている。地面を蹴り上げ素早く移動して、センリは咄嗟にその前に立った。


『やめて!!』


クラマの呻き声に負けないようにセンリが大声で叫ぶ。突然のセンリの登場にマダラは驚き、振りかざした刀のの動きも止まった。


「何故来た、センリ!離れていろ!」


須佐能乎から少し離れた地に柱間が立っていてセンリに呼びかける。木遁でどうにかクラマを押さえ込んでいるらしく、苦悶の表情だ。


「そこを退けセンリ!危ないから近付くな!」


マダラは今日が満月だと知っていた。小さく見える地上のセンリに向かってマダラが叫ぶが、センリは全く動かない。


『待ってマダラ!クラマに攻撃しないで!』

センリがマダラに向かって叫び返す。


「何を言っている!こいつは木ノ葉を襲撃しようとしていたんだぞ!」


センリの主張をマダラは受け入れず、眉をしかめて大声を返す。しかし目の前にセンリがいては九尾に攻撃する事は出来ない。センリはマダラをじっと見た後くるりと反対側を向いてクラマに向かう。

狂気と殺意が混じりあった赤い瞳は鋭くセンリを睨み付けている。普通ではない。我を忘れてしまっているように見えた。


「センリ…!?」


チャクラが使えないにも関わらず雄叫びを上げる獣に向かうセンリを見て柱間が思わず呼び掛ける。

しかしセンリは止まること無くクラマに近付く。

その瞬間クラマがセンリの方に顔を向けて力の限り鳴き声をあげた。ギャアアアという凄まじい音と共に突風がセンリを襲った。センリは腕を前にして突風に耐える。


『…!』


誰が投げたかは分からないが、地面に刺さっていたクナイが風に吹き飛ばされてセンリの右腕にグサリと深く刺さった。鋭い枝々も飛んできて肩を掠めて飛んで行った。血が飛び散って顔に跳ねたがセンリは気にしなかった。


『クラマ、大丈夫だから!』


痛みを堪えながらもクラマに近付き、その手を前に差し出す。柱間は何とかクラマが動かないよう抑え込むので精一杯で、マダラは須佐能乎を解き、センリの後ろから近くまで駆け寄った。


『大丈夫、大丈夫だよ』


グルグルと喉を鳴らして唸るクラマに最大限まで近付くとセンリはにっこりと笑みを浮かべた。自分の何倍もある凶暴に歯を剥き出す顔にもセンリはどうということはないというふうにいつもの調子で話し掛けた。まるで幼い子どもに話し掛けているようだった。

柱間もマダラも固唾を呑んで見守った。マダラがクラマに攻撃をしなかったのは、センリの手がその鼻先に触れる程まで近付いた時、獰猛な瞳に突然光が戻り我に返ったようにその目が見開かれたからだ。


「お、前………?まさか……本当に、センリなのか?」

クラマから聞こえてきたのは先程までの大きな唸り声では無く、低い、人間の言葉だった。


『クラマ…!』


クナイが深々と突き刺さった右腕はだらりと下げられたままだったが、左手を持ち上げその鼻の横に抱き着いた。懐かしい感触だった。クラマは柱間の木遁に巻き付かれていたが振り解くこと無く驚きに満ちた瞳をセンリに向けていた。一瞬クラマの中に、遠い昔の懐かしい温もりが蘇ったが、状況を把握するとその心にむくむくと怒りがこみ上げた。


「…今更何の用だ?ワシを殺しに来たか?それとも人間達の醜い争いに利用するのか?」


鼻を振ってセンリを離れさせ、クラマが低く囁いた。


『何言ってるの?そんな事しない…!』


センリは困惑してクラマの大きな瞳を見つめた。その目は確かに自分の記憶に残っているものなのに、その赤い中に深い負の感情が篭っている気がした。

昔となんら変わりのないセンリの姿に再会を喜びたいのに、それよりも、大きくなり過ぎた憎しみの心がクラマの中のそれを邪魔していた。


「この状況を見てよくそんな事が言えるな…!よく見てみろ、あいつらの顔を!あの目を!このワシを忌む視線だ!!殺意と憎悪だけの目だ!」


クラマは再び声を荒らげてマダラと柱間の方に目を向けた。その後ろの方に立ち竦んでいるのは、怯える様な、それでいて嫌厭の眼差しでこちらを見る忍達の姿。


『違う、クラマ…―――』

「違わねェ!お前の言った事は所詮脆い理想でしか無い!この長い間、お前みたいな人間がいたか!?ジジイのような人間がいたのか!?そうだ……そんな者は一人もいなかった!」


強烈なエネルギーを放ちながら怒り狂っているクラマだったが、センリにはそれがどうしようもなく哀しい叫びに聞こえて仕方なかった。


『そんなことはない!』

「お前だけがそんな事なかったとしても、そんなものはなんの意味もねェんだ!ワシは人間に利用される前に、あいつらを殺す!あの向こうにいる奴ら全員……この手で……―――」


センリは悲しげに眉を寄せ、クラマを見つめた。クラマは本当に木ノ葉隠れを襲撃しようとしていたのだ。


「人間達と共生なんざ地球がひっくり返っても無理な話だ!憎い、憎い……!―――お前ら人間が憎い…!!」


またクラマが暴れ出したので柱間は木遁の力を強めた。マダラがクラマに向かって走り出そうとしたがセンリは少し振り返って左手で制した。


『やめてマダラ』


大きくは無い声だったが、明らかな威圧感があった。マダラはセンリがかつて己を押し殺して柱間の腑を見せつけようとした時を思い出した。勝手に足が止まってしまう、殺気にも似た制止の声だ。


「そんな事をしても無駄だ!もうお前がいくら努力しようと人間達のワシへの憎悪は無くならん。勿論ワシの中の憎しみもな。もう全てが無駄な事だ!今更お前がこの世界で生きようと…―」

『無駄じゃない』


クラマの声を遮ってセンリが向き直る。誰も動かなかった。し、動けなかった。


『無駄な事なんかない!私は絶対…絶対それを証明してみせる!』


戦だらけの時代も生きただろうに、それでも昔と変わらない理想を口にするセンリに、クラマは何故か無性に腹が立っていた。それと同時に、確かな感覚もあった。昔、遠い昔、自分たちに向けられていた、あたたかく優しい感覚だった。


「…!……―――ふざけた事、言ってんじゃねェ!ワシが…ワシがどんな思いで…!」

『クラマ!もう一度…!もう一度人間を信じて!お願い…!』

「そんな事……――!そんな事は、もう……―――」

センリは必死にクラマに語り掛けたが、全く取り合ってはくれない。色々な感情が心の中で巻き起こりどうしたら良いのか分からなくなったクラマは大きく口を開けて柱間の木龍を引きちぎった。


「センリ!離れろ!」


しかしマダラがセンリを庇う前に、突然クラマの動きが鈍り、一度空を見上げた後ガクリと首を垂れて動かなくなってしまった。


『クラマ!?』


センリが驚いてその顔を覗き込むが、息はしていた。どうやら暴れ回りすぎて自分自身に食い込んだ木遁に気付かず締め付けられ、気を失っているように見えた。
[ 93/230 ]

[← ] [ →]

back