- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-はじめてを、ぜんぶ-



里は今のところ争いもなく毎日過ごしてはいるが、だからと言って鈍には出来ない。暫く手を抜いているとすぐに体は鈍ってしまう。


センリが夕飯の支度をしている最中は、時間があればこうして森の一角で修業に励む。センリの分裂体がいれば相手になるし、かなり強いので力も付くが、今日はそれは無しだった。

日が沈めば辺りは暗くなって修業どころでは無い。現にすでに日は相当傾いていて月明かりが目立つくらいになってきた。


「(戻るか)」


俺は脱ぎ捨てた羽織を拾い上げ、額に出来た汗の玉を振って落とす。春とはいえ流石に体を動かすと暑い。急に喉が渇いて、俺は家までの道のりを急いだ。


玄関を開ければいつものようにセンリの『おかえり』が聞こえる。台所に向かうとセンリは鼻歌を口ずさみながら夕食の支度をしていた。


『ん、マダラ、汗かいた?まだもうちょいかかるから先、お風呂入っていいよ!』


俺の顔に滲んだ汗に気付いたのかセンリが気を利かせる。センリの小さな気遣いは俺が幼い頃からだが、ある意味尊敬する。センリの案に「そうする」と頷いてオレは体に残る嫌な汗を洗い流す事にした。



今日はいつもより早く家に帰って来られたので、夕食後俺は少し晩酌をしていた。イズナを呼べばよかったと頭の片隅で考えながらセンリが風呂に入っている間、ぼんやりと酒を注いでいた。

こうして何を気にすることもなく、落ち着いて酒が呑めるというのは思っているよりもいくらも凄い事だ。死ぬ気で戦うのも楽しさはあるが、こうやって静かに酒を呑むのも悪くない。


風呂から上がったセンリは酌をしてくれるが、それによって酒が美味く感じるという俺はもう末期か…。

酒が入ると全身に血液が巡ってほんのりあたたかくなる。心地良い感覚だ。流石に自分の限界くらい分かるからある程度呑んだら、センリとの会話に集中する。センリといると飽きることがない。会話についてもそうだが、俺はセンリの表情なら一日中見ていられると思う。



『……』

そんな事を思いながらセンリが話す姿をじっと見つめているとセンリは何故か言葉を止めて、ソファに腰掛ける俺の隣にそろそろと近寄ってきた。

俺にぴったりとくっ付いて太股に手を伸ばしてくるセンリ。布の上からでも分かるくらい、センリの手はあたたかかった。



「?……どうした?」


俺はふと猪口を机に置いて長椅子に座り直した。

俺の問いかけには何も返さず、センリはなぜかそっと移動して、俺の足の間に割り込んで来た。

見慣れない行動にまず疑問が湧いてきて、どうしたものかと俺の目の前で足の間にすっぽりとはまっているセンリを見る。センリは俺の身体に左耳をつけてじっとしている。


「…センリ、どうしたんだ?」


もしや何か悲しい出来事でもあったのかと心配になり、もう一度疑問を口にすれば、センリは俺の腹辺りの服をギュッと掴んだ。

真近で俺を見上げてくるセンリの表情はやはりどこか悲しげに眉が下げられていたが…その瞳にはひっそりとした色気が含まれている様な気がした。

まさか酒を呑んだわけでは…ないな。センリは俺に酌をしていただけだ。ならどうしたのか……。


「……!」


などと考えていると、突然その顔が近付いた。鼻腔を掠めるセンリの花のような良い香り。視界がセンリの顔でぼやける。

センリが俺に口付けていた。咄嗟の事に驚いているうちにセンリの唇は離れていった。

これまでセンリは、自分からこうして俺に口付けた事は無かった。それ以前にこちらから軽く口付けしても真っ赤になって照れているくらいだ。現に今センリの頬が赤らんでいるのは気のせいではない。自分からしてきたくせに何故か照れた面持ちで俺の胸辺りを視線がさ迷っている。
一先ず悩んでいたわけではなさそうだと胸を撫で下ろすが…。


「センリ…?」


名前を呟いてみるとセンリは一度俺の目を見たが、すぐにまた逸らしてしまった。いつ、どんな距離で見てもセンリのその顔は綺麗だ。
今日はそれ程酒は入っていないはずなのにいつもより体の底が暑いような気がしていた。少しの沈黙の後、センリは俺を見ずに口を開いた。


『あの、私…もう何年も生きてるけど、こうやって誰かと恋人になったりするのって初めてで……それで、どうしたらいいのか分からない時があって………でももっとマダラに触れたいし、触れられたい。それに、ちゅーもしたい…』



それを言うとセンリは俺の服を握る手に力を入れて、こちらを見上げてきた。

何だ。何なんだこの可愛さは。

それはつまり…センリは俺ともっと触れ合いたいが、経験が無くて羞恥心が勝ってしまってるって事か?いつも悲しげに眉を顰めていたのは、嫌だというわけではなく、どうしたらいいのか自分自身でも分からなかったからか……。


「それならば何の問題も無い。俺が教えてやると言っただろう。お前がどうしたらいいのか分からなくても、俺が教えてやるさ」


そう言ってセンリの反対側の耳あたりに手を置いてこめかみに口付ける。

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