- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-はじめてを、ぜんぶ-



早めに昼食を終わらせて火影邸へと戻る道中、後ろから見慣れた声が聞こえてきて振り返った。そこにはやはりセンリの姿があって、オレに気付いて走り寄ってきたようだった。


「おお、センリ。散歩か?分裂体…ではないようだな」


本体の方と商店街で会うことはあまり無いので珍しかったが…うむ、やはり偶には休息が必要だな。働いてばかりでは気が滅入る。

センリは笑みを浮かべたがその笑顔はいつものとは少し違うような気がした。


『今日は本体だよ!柱間は休憩中?もう火影邸に戻るの?』

「ああ、そのつもりぞ」


そう答えるとセンリは視線を泳がせ、申し訳なさそうにこちらを見上げてきた。何か訳アリのようだ。


「どうかしたか?」


するとセンリは周りをキョロキョロと見回し少し声を小さくして囁いてきた。


『ちょっと相談があったんだけど……忙しいようならまた今度にする』


悩みとはこれまた珍しい。
普段のセンリは悩み等とは程遠いくらい天真爛漫に笑顔を振り撒いているような奴だが……。そんなセンリにも悩みがあったとは。それならば聞いてやるしかない。


「それならもちろん聞くぞ!幸い今日はそこまで仕事に切羽詰まっていないしな。まだ帰らずとも扉間は文句は言わないだろう」


机の上の書類はとりあえず全部終わらせて来た。もう少し長居しても扉間も怒らんだろう。そう言えばセンリは途端に嬉しそうな顔をする。本当に分かりやすい奴ぞ!

しかし……マダラにも言えないような深刻な悩みがあるんだろうか?


オレはセンリの話を聞くために近くにあった甘味処の縁台に並んで座った。そういえば…センリとマダラが恋仲であった事を知ったのもここだったか。センリの為に団子を頼んで待っている最中センリはもぞもぞと動きに忙しなかった。


『あの』


悩みとは何だ?と聞こうと口を開いたのと同時にセンリが声を発した。眉を下げてオレを見てくるその表情は恥ずかしそうにも見える。


『あの、柱間とミトの馴れ初めってなに?』


何ぞ、センリは相談したいのでは無かったのか?予想外の言葉に少々面食らった。しかしセンリを見るととても真剣にこちらを見ているので冗談で聞いているわけでは無さそうだ。オレは向かいの花屋に目を向けて何年か前を思い出した。


「婚約したのは確か、五年ほど前だったか……元々千手一族とミトのうずまき一族とは同盟の関係にあってな。それで同盟協定の証として一族の長であったオレの元に、ミトが差し出されたという訳なんだが……まあ政略結婚ってとこだな」


この事はセンリに話した事は無かっただろうか。センリは『へええ』と言いながら目を輝かせてオレの話を聞いていた。


「戦争中はお互い恋愛の末結婚する方が珍しかっただろうぞ。しかし政略結婚といえど、今ではミトと婚姻して良かったと思ってる。浅葱も産まれて、そして平和になった里で共に過ごせる事は、本当に嬉しい事ぞ!」


政略結婚でお互いに幸せになれるという事は確かに少ないとは思う。それでもオレは本当にミトと結婚して良かったとは思っていた。それを聞くと何故だかセンリの方がさぞ幸せそうに微笑んでいた。


『そっかあ。私も分かるもん。ミトが幸せそうなの』


センリは人思いだとは分かっていたが、こうも他人に言われると少し気恥しい気もするな…。


「それならいいが…………してセンリ、お前の悩みとは一体何ぞ?オレとミトについてじゃないだろう?」


のほほんとし始めたセンリだったが、うっと言って急に背筋を伸ばした。絶対一瞬悩み事を忘れていたな…。センリはうろうろと目を泳がせた後話す決心をしたようでオレに向き直った。


『あのね、バカバカしい悩みかもしれないんだけど…』


センリはそう前置きをして言葉を選ぶようにゆっくり話した。


『みんなってその……な、なんていうか――い、いちゃいちゃしたりというか……手繋いだり、ちゅーしたりってどうやって覚えるのかな?』

「……ん?」


センリの口から出た想定外の言葉に一瞬固まってしまった。何ぞ?ちゅーとか聞こえたが……。笑顔を崩さずセンリを見つめるが、全く持って冗談を言っている訳では無いらしい。


『た、確かにマダラとは昔から近くで生活して来たけど、ほら、戦争中だったでしょ?それもあったし、それに私…これまで恋愛とかして来なかったから、その…ちょっとどうしたらいいか分からなくて』


うん…これも、ふざけている訳では無さそうだ。センリの目を見れば切実に悩んでいるのが一目瞭然だ。


「つまり…センリは異性に恋慕の感情を抱いた事がなくて、経験不足故にマダラとどう接していいか分からんと?」


センリの言いたい事を頭で纏めて要約するとセンリがうんうんと深く頷く。なるほど、うむ……センリらしいといえばらしい悩みだ。


『ずっとマダラとは家族として接して来たから……小さい時も見てきたし、でもマダラは今大人になって…それでどうしたらいいかも分からなくて。マダラと一緒に寝てると安心するんだけど、なのにその…触れられたりすると恥ずかしくて……何か、どうしたらいいか分からなくなっちゃってさ…』


なるほど。それならばマダラは随分長い時間センリに手を出してこなかったのだな。うーん、意外だ。いくらセンリが純真とはいえ、あのマダラがな……。そのくらいセンリの事を大切に思っているという事か。

オレよりも何十年も多く生きていてそして戦場では圧倒的に強いのに、少女のような悩みを真剣に打ち明けて、真剣に悩んでいるセンリを見ていると何故だか微笑ましくもなる。妹がいたらこんな気持ちになっただろうか。


「それならセンリ、ただ身を任せればいい」


センリは本当に悩んでいるんだろうが、オレにとっては簡単な事に思えた。センリは不思議そうにこちらを見上げる。


「恥ずかしいというのは仕方のない事だが、どうしたら良いか分からなくなったら、マダラに身を任せたらいい。自分の中の欲求に身を任せてみてはどうだ?センリだってマダラに近付きたいのだろう?」

『身を任せる……』


頷きながら、オレの言葉を繰り返し呟くセンリ。まるで小さな娘に言い聞かせている様な気分ぞ。


「そうだ。無理にとは言わんが、ある程度羞恥心を捨てる事も必要ぞ。そうすればきっとマダラが上手くその先を教えてくれるだろう」


オレの言葉を一点の曇もない凛とした表情で聞いているセンリはどこか幼さの残る目をしていた。しかしオレが言い終わると感嘆したように少し大袈裟にセンリが頷く。


『うん、分かった。ちゃんと向き合う事にする。それで身を任せてみる、流れに』


こうして他人の意見を素直に吸収するのはセンリの良いところだ。センリの表情が柔らかくなる。少しくらいは力になれたようで良かった。


「しかし男に色情は付き物ぞ。あまり我慢させるのも良くないな…。まあ、マダラはセンリが嫌がる事はしないだろうが…」

『色情?』


センリは無垢な瞳でこちらを見てくる。本当にセンリは色事について疎いのだな…。「ほかげってなに?」、そう聞いてきた浅葱とセンリの姿が重なって少し笑いが漏れる。


「性欲の事ぞ」


そう言えばさすがに分かったらしいセンリが分かりやすく目を逸らした。うぅむ、純情過ぎるというのも、考えものだな。マダラも大変そうだ…。


『そ、そっか。そうだよね』


ぎこちなくセンリは言って、腿の上に置いた皿から団子を取って口に運んだ。そしてこれまた分かりやすく頬を染めて美味そうに団子を頬張る。オレはその様子を見て椅子から立ち上がる。もうそろそろ戻った方がいいな。


『ん、柱間行くの?ごめんね、私の悩み相談なんかに付き合わせて』


センリは団子を飲み込んで申し訳無さそうに眉を下げるので「いや」と言ってその頭に手を乗せる。幼い頃大きく見えたセンリはオレの手に入り切るほど小さい頭をしていた。


「センリがマダラとの関係で悩んでいるとは思わなかったが、そんなに心配するな。オレから見てマダラとセンリは、本当に信頼し合っているように見えるし、きっとマダラにはセンリが必要ぞ……それに、俺にとっても、里にとっても」


センリの髪は驚く程滑らかだった。頭に手を乗せて言うと、センリは照れたように笑った。


『でも本当にありがとう。柱間に相談して良かった!』


はにかんでそう言われると相談に乗った甲斐があるというものだ。センリからありがとう、と真っ直ぐに言われると心がほっとする。


「些細な事でもセンリの相談にならいつでも乗るぞ!いつもセンリには助けられてばかりだからな。今度はオレがセンリの助けになりたい」


綺麗なセンリの笑顔を見ていると助けたくもなる。下らない事だってどんな事だって、センリの相談になら乗りたい。こうして何気ない話を出来る事の大切さが身に染みて分かる。戦国時代ではなくなったからこそ、小さな悩みでもセンリの為ならそれを解決したい。今まで散々助けられたセンリだからこそ。



しかし……思ったよりも小さな悩みだったなと、火影邸へと帰るまでの道すがら思い返していた。火影室に帰ればマダラはいるだろうから先程の事を言おうかとも思ったが、なんとなく秘密にしておいた方がいい気がして深呼吸する。


今、こうして里の中の商店街を、人々に挨拶されながらゆったりと歩けるのははっきり言って殆どあのセンリのお陰だ。

センリがいなければこの里はできなかった。

…いや誰がいなくなってもこの里はできなかった。うちは、それから他の一族達の協力、扉間、それにマダラ。センリならきっとそう言うだろう。


自分一人では出来なかった。皆がいたからこそ叶えられた。

センリはそう言っていつもみたいに無邪気な笑顔を浮かべるだろう。どんな人間をも虜にする、あの清らかな笑みで。

千手からもうちはからも、それに里にいる他の者達からも、誰からも好かれ、愛を分け与えることが出来る。オレはそんなセンリをとても尊敬している。


今までずっとオレ達の夢に協力し、支えてくれたセンリの悩みならどんなに小さな事だって聞いてやりたかった。幼い頃はあんなに大きく遠い存在に見えたのに、大人になるとオレより幼く見えるから不思議だ。

しかしセンリが心配せずともマダラはそんなに気にしていないとも思うが…。

センリの事を他の誰よりも…もしかするとオレよりも――……いや、とにかく、一番にセンリを大切に想うマダラの事だ。センリが焦らなくてもあいつは無理に急かしたりは絶対しないだろうな…。


正直あの二人ほど息の合う、相性抜群のコンビは他にいないのではないかとさえ思う。確かにマダラは里ができてからオレの前でも昔のように笑うようになり、確実に丸くなったが……。

だがやはりセンリと共にいる時のマダラは、格別だ。驚く程穏やかな表情だからな。

忍として実力がある、比較的武闘派のうちは一族が里の平穏に痺れを切らし、反逆行為をするのではないかと危惧する声も最初のうちは聞こえた。扉間もその内の一人だった。しかし今ではそんな事を考えている者はいないに等しい。


センリがこの里にいる限りうちは一族はこの里を壊すことはしないだろう。もしこれから先誰かそういう輩が現れたとしても、きっとセンリなら……。


いや、確証のない先の事を考えている暇はない。

今は、ただこの里を完全なものにするだけだ。新しい時代を切り開くために。


それにしても………センリも人間だったのだなと少々訳の分からない事を思いながらオレは午後の仕事に取り掛かった。

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