- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-固まりゆく里の地盤とうちはの石碑-



無事に土の国との会談も終わり、木ノ葉に着いたのは夜も更けてきた頃だった。時間で言えば九時近い。しかしセンリと約束した通り発ってから五日後に帰ってくる事が出来た。

俺と柱間は一先ず火影邸に行き、同盟成立の証である巻物を仕舞うことにした。


春になり日中暖かくなってきたとはいえさすがに夜は冷える。火影室に入ればもう扉間も、それからセンリもいなかった。暗い部屋の柱間の机の引き出しにとりあえず巻物を仕舞いこんだ。


「よし、これで一段落ぞ。無事に帰ってきた事だし、任務完了だな」


そう言う柱間の表情は明るい。
岩隠れの土影は思ったよりも凶悪な人物では無かったし、事態も滞ることなくスムーズに事が運んだ。柱間は商談に関してはお得意のようで、火影という立場を気にせず腰が低いところがある。それが功を奏して今回も上手くまとまった。


「しかし同盟を組んだからと言って安心は出来ねーぞ。お互い里も出来たばかりだ。こちらの里の内部を詳しく知られればそれは脅威にもなる。油断しないに越したことは無い」


協力とは言わば小さな争い。同盟を組み、同等の立場で手を取り合うことは、手の内の探り合いでもある。向こうが裏切ってその手を返せばそれはこの里にとって大きな脅威になる。他里と協定を組むという事は思っているよりも大きな覚悟が必要な事だ。

分かっているのかそうでないのか柱間は曖昧な笑みを浮かべていた。


「そうならないようにこちらも手を尽くす。相手の信用を得るにはまずはこちらが信頼の気があることを見せんとな」


信用してもらうにはまずはこちらから。
センリが言いそうな事だ。甘い考えのセンリにも柱間にも時々ため息が漏れる。強者というのはどうにも気が抜けたところがある…。


「全く、お前もセンリも似通って他人に甘い」


睨むように柱間を見るが、全く気にしていないようだった。暗くても柱間がニヤついていることはわかる。


「その為にお前がいるんだろうが。オレの甘い部分を補うのがお前の役目ぞ!」


自信満々に笑う柱間を見て舌打ちをしたが何故かそれが滑稽にも思えた。柱間にしろセンリにしろ、こうして俺を無条件に信頼しているのが分かるからどうしても強く言えない時がある。我ながら情けない……。


「ほら、センリが待っているのだろう?明日からはこの恐ろしい程の仕事を片付けなければならんからな……帰るとしようぞ」


火影の机に置かれた凄まじい書類の束に柱間も気付いていたか。まあ、これは俺の仕事ではないからな……柱間ざまあみろ。でも確かに早くセンリに会うという事は重要だ。


「それじゃあ帰るとするか」


俺は火影邸の前で柱間と別れた。夜だっていうのに柱間は大声で別れの挨拶を言いながら去って行った。
俺は反対方向に向かって歩きながら首をさする。


「(五日間あいつと過ごすとさすがに疲れるな…)」


仕事とはいえ柱間と一日中一緒にいるのは疲れる。いちいち動きはでかいし、声もうるさいし、いびきも……。そう考えると昔から毎日一緒にいるセンリが本当に女神に思えるな……。柱間と似てると言えば似てるところもあるが…それにしてもセンリといるのは疲れない。むしろ安心する。


「(早く顔を見たい)」


自分で自重するくらい相当に惚れ込んでいるな。まあ、それはあいつが悪い。

俺は家々の屋根を飛び越えながらセンリの待つ自宅へと急いだ。

――――――――――――――――――――

時間は夜の九時半くらいだったが、家の明かりは灯っていた。たったの五日離れていただけなのに、何故だかその家が懐かしく感じて同時に玄関を開ける時少しだけ、強ばった筋肉が緩むような心地良い緊張に包まれた。

割と静かに玄関を開ける。
いつも俺の気配を察知して迎えに来るセンリだったが、今日はそれが無かった。しかし廊下を覗くと居間のある部屋から電気の光が漏れている。不思議に思って俺は忍靴を揃えて脱ぎ、家へと上がった。

…なるほど。
居間の戸は開けっ放しだったが、センリはソファーの上で小さくうずくまるようにして目を閉じていた。割と深く眠っているようで、俺が近付いてもセンリは微動だにしない。呼吸は規則正しく、それに合わせて微かに体が上下していた。


「……?」


唇を少しだけ開けて気持ち良さそうに眠る愛くるしいセンリに無意識に表情が緩んだが、センリが何かを胸に抱いている事に気付きそっと座り込んで見る。


「(これは…俺の)」


センリが両の腕で抱き締めるようにして持っているそれは俺の服だった。

俺がいないから代わりに俺の服を握って寝ていたのか。それを大切そうに抱き締めて安らかに眠るセンリを見て、心の底から湧き上がるいとおしさが胸を突いた。


センリの顔にかかった絹系のような髪をそっと退かす。センリは上を向くように顔を動かして長く息を吐いたが、目は開けなかった。センリは一度寝たら多少の事では起きない。この間嵐が来てかなり大きな雷が鳴っていたときだって一人スースー寝ていやがった。それを分かっていたから俺はセンリの顔に手を伸ばし頬を撫でた。温かく、滑らかだった。


帰ってきたのだから、目を開けてちゃんと『おかえり』と言って欲しい。服ではなくて、ちゃんと俺自身を抱き締めればいい。
そう思ったが、何とも幸せそうに眠るセンリの顔を見るとそれを起こしてまでする事ではないような気がして小さくため息を吐いた。


しかしこんな所で寝ているのも良くない。見たところセンリは寝間着姿。風呂はもう入ったのだろう。俺はなるべく動きを抑えてセンリの背中と膝の裏に腕を入れてそっと力を入れた。軽いセンリを持ち上げるのはそこまで重労働では無い。抱き上げてもセンリは俺の服を離さなかった。

寝室の戸は少し開いていたのでセンリを抱えたまま足で開ける。ベッドに下ろしてもまだセンリは眠ったままだった。


「(寝込みを襲われたらすぐ殺されそうだな…)」


そう思ったがすぐにセンリが心臓を刺されても死なないことに気付いた。刺されても眠り続けていそうだ。

俺は静かに、物音立てずに風呂に入った。湯船に浸かると五日分の疲れが一気に現れた気がした。家にセンリが居るというだけで何故こんなにも落ち着くのか不思議だ。まあ、小さい頃から一緒にいたから当たり前か…。

いつもより早い時間だったが、温かい湯に浸かっていると流石に眠くなってくる。さっさと上がってセンリと一緒に寝よう。

のろのろと寝間着に着替えて居間の電気を消した。そして寝室に戻ってベッドに近付く。センリに掛けられた布団に潜り込もうとするとセンリがもぞもぞと動いた。俺は咄嗟に動きを止めたが、センリはこちらに寝返りを打った後、目を手で擦る動作をした。人の気配で起きるなんて珍しい。そのままセンリはまた寝るかと思ったが、何度か瞬きをした後俺を見上げた。

『まだら、おかえり…』


舌が回らない、少し掠れた小さな声でセンリが囁いた。


「ああ、ただいま」


返事を返すとセンリは目を細めて微笑んだ。とても眠そうだ。俺はセンリの隣に潜り込み、未だに抱えている自分の服を引っ張り出した。


「もうこれは要らないだろう?」


一瞬センリが寂しそうな顔をしたがその頭に手を伸ばして髪を撫でるとセンリは安心したように目を閉じた。


『まだらがいなくて、寂しかったよ』


囁くようにセンリは言って、胸元に擦り寄ってくる。やはり毎日一緒に寝ているとそれが癖になるものだ。俺だって五日間柱間の隣で寝て散々だった。

センリの体温は、一番安心出来る温度だった。眠気を誘う、不思議な温度だ。


五日ぶりに安眠できる。


俺の意識はいつもより早く、落ちていった。

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