- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-消えた扉間の疑心-



先日オレは、センリとマダラが恋仲であった事を知った。

そういう予感はなかったわけではない。二人は誰が見ても親しく仲睦まじい。好戦的で個人主義、警戒心が強く隙のないあのマダラが、センリの前だとまるで冷酷の欠片もない。しかし、それは昔から家族として共に居たからこそであると思っていた。

そう。オレが、そう思っていただけだった。


だから何だと言うんだ。

センリとマダラが姉弟の関係では無かったから、だから何だと言うんだ。別にオレには関係ない。


今のオレにはやる事がある。里の地盤を固める事。この新しい忍世界を完全なものにする為に兄者の足りない部分を補う。それがオレの役目だ。感情に流されやすい兄者の補佐としてこの里に尽くす。それがオレのすべき事だ。


兄者はマダラの事を友として最も大事にしているものの一つとして扱い、自分の近くに側近としておいている。これについては異論もないし、マダラが里の為に兄者を手伝う事はうちはの他の者達にも良い意味で影響している。

それにマダラの存在は兄者にとっても安定剤のようなものだ。戦乱の時からそれは変わっていない。マダラが里にいる限り、それは里の安定を意味している。もしもあ奴が里のやり方に異議して、木ノ葉の里に仇なしたという事態なんかになれば逆に、それは甚大な脅威になる。


そしてマダラを里に留めておいている要因の一つ……むしろ大部分はセンリにある。イズナに関しても、それにうちはについてもそうだ。センリの存在があの一族の心を癒し、そしてその暴走の抑止剤でもある。何年も戦ってきた一族だ。センリがうちはにとってどれだけ重要なものかくらいはオレにも分かっていた。


何年か前まで、戦だらけだった時、マダラが千手の幼い忍を助け、生かしていた事…当時のオレには俄に信じ難い事だった。だが、今となってはその理由が少し分かる気がしていた。

そのセンリの心が、あいつの心をも変えたのだろう。


そしてセンリの存在は里ができてからも変わることは無かった。むしろセンリを崇拝する輩も増えた。光の巫女、などと呼ばれていたらしいがあながち間違ってもいない。センリには人の心を動かす力がある。兄者と同じように。



根本的な馬鹿、という訳では無いが、それでも最初は綺麗事をやたらに口にする、ただの馬鹿だと思っていた。何人もの人間を一瞬で殺すくらいの力があるのに、善人的だ。人の幸せを願い、そしてそうなるように努力する。誰も心の奥の憎しみを隠すことは出来ても、失くす事なんて出来ないのに。

それなのにあいつは他人の痛みや悲しみも、全てを包み込む。他人の負の感情も全部自分が受け止めるような奴だった。


センリのような人間に、出会ったことがなかった。戦乱の世で、忍世界で、あいつ程心が澄んだ人間は見たことが無かった。自分にも悲しみや辛い事くらいあるはずなのに。
センリからは微塵も感じられないのだ。それどころか毎回他人の心配。里ができてからも里内の仕事も陰ながら手伝ってもくれている。こちらの業務が大変な事を分かっていて常にそれを支えている。


忍である者はどんな事があっても心を乱さないようにと教えられて生きて来た。オレもそうだった。父上からも、一族の皆からも、小さな時からそう教えられてきた。

今だってそれは変わっていない。変わっていない筈なのだ。

それなのに。


センリの事を恋慕っているわけではない。そしてその相手があのマダラだったからと言ってそれに嫉妬しているわけでもない。

ただ、あいつが誰か一人のものになるなんて……誰か一人の寵愛を受けるなんて想像していなかった。あいつは誰にでも同じように愛情を注いでいると思っていた。誰か、特定の人間を思慕する事になるなんて、オレは、何故か考えていなかった。


センリは、これまでも、そしてこれからも全ての人間の為の光だと。誰にも触れられない穢れないものだと、オレは馬鹿の一つ覚えみたいに勝手に思っていただけだった。


らしくない考えが頭を駆け巡り集中力が下がっている。確か木ノ葉の里に設置する予定の病院についての書類を確認していたはずなのに何故かまるで頭に入っていない。列なる文字が一瞬訳が分からない言語に見えてオレは書類を机に置き、目を閉じた。


何を考えているんだ、オレは。
仕事中に私的な感情を引き出すなんて、本当にらしくない。頭から追い出せ。


しかし、噂をすればなんとやらとはよく言ったものだ。

暗雲のように立ち込める感情を頭から振り払うようにきつく目を閉じていると火影室の戸をノックする音が聞こえた。


「…入れ」


オレは一旦感情を整理していつもの口調で返事をした。ただ、そこに現れたのはたった今頭から追い払った感情の素因。


『あれ?柱間は?』


センリがいつものように笑みを携えながら戸を開いて現れた。甘味処でマダラとセンリを見てから二人で面と向かって話すのは初めてだった。


「昼休憩だ。マダラと一緒に飯でも食いに行ってるんだろう」


大丈夫だ。口調に乱れもない。
現にセンリはオレの様子に気付くこともなく『そっか』と言って戸を閉めてこちらに歩いてくる。オレの前に来ると巻物を二つ差し出した。


『これ、新しく建てる病院内の構図なんだけど……柱間に渡しに来たんだ』


そういえばセンリに町の大工のところに案件を処理するよう頼む任務を言い渡していたのだったとふと思い出してオレはそれを受け取る。火影が忙しいからオレが代わりに来た、等と言うよりセンリが行って頼んだ方がスムーズに事が運ぶ。事実、構築図を三日足らずで描き終わらせるとは、センリが人に与える影響には驚くばかりだ。


『あの二人何だかんだ仲良いんだから……扉間くんはお昼食べた?』


出来上がった巻物の構図を眺めているとオレの顔を覗き込むようにしてセンリが問い掛ける。センリは割と低身長の為、腰を屈めずとも必然的にそうなるのだが何せいちいち距離が近い。


「いや、まだだ」


目が悪い訳でもないのにセンリはいつも人との距離が近い。し、話す時はこちらの目をじっと見つめてくる。あざとい様にも見えるがこれを女子供、老若男女変わらず接するのだから生粋の天然馬鹿なんだろう。センリは素っ気ないオレの返事を聞くと何故かにこりと笑った。


『そっか、二人が帰るまでここのお留守番か。じゃあ、それまで私も手伝うよ』


こうしてセンリが仕事を手伝うのは珍しくない。お人好しのセンリは度々火影室に来てオレ達の仕事を手伝う。センリは兄者と同じく気楽で、阿呆な事を言うが仕事覚えは早いし、出来る。正直兄者に任せるより早い。そんなセンリの申し出を断るなどしない。

「毎回すまんな。これと、これ………誤字脱字は確認してある。あとは…」


オレは机の上から重なり合った紙の束をいくつかセンリに手渡す。


『忍の力量別に分けて枚数の確認ね!あとは大名の人達用にも書き換えとく?』


そう言って紙の束を反対側のマダラがいつも使っている小さい机に置くセンリは覚えが良いし手も早い。オレ自身そこまでは感情表現豊かではないし兄者の様に感情も面に出る方ではないが、こうも気が利く人材が側にいると無意識に表情も緩んでしまうものだ。


『柱間とマダラはいつ出て行ったの?』


椅子に腰掛けながらセンリが問い掛けてくるので目の前の書類から一度目をずらす。


「つい先程だ。一時間もすれば戻ってくるだろう」


センリは微笑んで『そっか』と頷くと、自分の目の前に何枚か紙を広げ始めた。オレも読んでいた資料に目を戻す。

すぐにセンリの鼻歌が聞こえてくる。
いつから二人はそういう関係だったのかとか、不死についてはどう思ってるんだとか少々阿呆らしい事がふと頭をよぎったが、いつもと何ら変わりないセンリを前にしてそれらは全部言葉にならなかった。


馬鹿馬鹿しい。

そんな事はどうだっていいだろう。仕事中に何を考えているんだ、オレは。自分自身に呆れてそっとため息を吐いた。仕事に集中しよう。そうすれば戯けた思考は頭から出て行くだろう。

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