- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-消えた扉間の疑心-



仕事の忙しさが収まることは無く目まぐるしく日々は過ぎ去ったが、イズナの二十五回目の誕生日もセンリと共に三人で過ごし、それに加えて二月半ばになると寒さも増した。お陰でセンリが編んだ襟巻の出番も増えた。

センリは俺が柱間の手伝いに行かない日は、ずっとその襟巻を着けていた。俺がいるのにそれを着けるのかとも少々怪訝に思ったが、何せ無邪気な笑顔でそれを巻き付けてはこちらを見て来るので何も文句は言えなかった。


あの日の夜以来、センリの何気ない仕草も表情も以前より愛らしく見えて仕方が無い。


数ヶ月経った今でも以前とはさほど変わらない為実感はあまりないが、それでも距離がさらに近くなった気はする。

俺がセンリと恋仲なんざ、たまに信じられなくなる時がある。ガキの頃から思い続けてきた、手の届かない存在だと思っていた節もあったからな…。それが今では一番近い存在だ。こうなるならもっと早くに伝えておけばよかったが…。


センリは軽く口付けするだけでも恥ずかしがった。照れながら嬉しそうに俺に擦り寄ってくっ付いて来るくせに、こちらからそれをすると途端に羞恥に頬を染める。

どれだけ俺は我慢すればいいんだとも思うが今はそのセンリを見るだけで満足している……ことにする。何せこれからずっと一緒にいるんだ。先は長い。ゆっくり楽しむのも悪くないと、まるで以前の俺らしくない考えに、多少自嘲気味に思いながらもセンリと共に日々を過ごしていた。


毎日忙しいとはいえ、里の中は平和だった。
突然戦が無くなった事で、俺は俺自身、物足りなさを感じるのかもしれないと危惧していたが、案外そんなことは無かった事がここ最近の驚きだ。

センリといると色々な側面で飽きる事が無かったし、一族の者達が日々楽しげに暮らしているのを見るは、思いの外心地良いものだった。

“この里を愛し、里に住む民達は命を懸けても守る”とか何とか言っている柱間の気持ちにまではまだ追い付けそうにはなかったが、それでもやはり里を作る事が出来て良かったと思っていた。


何よりセンリが今までにないくらいに幸せだという表情を多くしているのは、俺にとっては何よりも重要な事だった。


何日かは(不本意だが)柱間に断りを入れて、休暇を貰った。今日も晴れているとはいえ空気は冷たいが、それでもセンリは俺を外に誘うので、もちろん断らずに着いて行っている。

たまの休みを俺は、センリの為に使いたかった。センリが望む事をしてやりたかった。


……なんて、吐き気がするほど甘ったるい考えを頭の隅に追いやって、店の前の被毛氈が掛けられた縁台に座り俺の横で、これでもかというほど美味そうにみたらし団子を頬張るセンリに目をやった。


センリは甘いものが好きだ。どうやらこの甘味処が気に入ったらしく、家に帰る時にミトや桃華と一緒にいる姿も何度か見かけた。俺はそこまで甘いものが得意ではなかったが、至福の一時に浸っているセンリの顔を見るだけで満足だった。

センリは感嘆のため息を吐きながら、目を蕩けさせて団子を頬張っている。本当にこいつは幸せそうに食うな……そんなに団子が美味いのか。


「これも食うか?」


何ともうっとりした表情のセンリを見て、俺はほぼ無意識に自分の前に置いてある団子をセンリに差し出していた。金色の瞳がきら、と輝いた。


『えっ、いいの?』


大きな瞳を更に開いてセンリが言うので、少し笑いが込み上げた。「ああ」と返事をして串を持ってセンリの目の前に差し出すと、それを嬉しそうに受け取った。

『やった。ありがとう!』


まるで人懐こい子犬だ。
いや、でもこいつを例えるなら…小動物だろうな。

ほっぺが落ちてしまう、とかアホらしいことを言いながら幸せそうに口を動かすセンリ。


そうだな…勇ましい兎ってところか?
小さくて愛らしいくせに、狼に向かっていく、度胸がある白兎を想像して小さく笑みが零れた。


『んっ』


残り少ない団子を口に含んだ時センリがくぐもった声を出した。そして串を口から離して俺の方に顔を向ける。


『むふ』


団子を口に含んでいるので何を言っているかよく分からなかったが、センリはみたらしのたれを唇の端につけて何故か楽しそうに目を細めている。たれがついておもしろいから『見て』とでも言ったのだろうか。


「ついてるぞ」


俺は自分の口を指差しながら言うと、センリはうんうんと頷いて口を動かしながら笑った。これを本気で面白いと思っているんだから、まるでガキだ。

俺はセンリの唇の端の少し上についた、透明がかった茶色のそれを人差し指で掬って、自分の口に運んだ。


「…甘いな」


甘すぎるそれに少し眉を寄せる。
センリは俺の口元を見て固まっていた。と思ったら、すぐに俺を見つめたまま、分かるくらいに頬を染めた。こんなにわかりやすい奴もそうそういないだろうな…。
センリはいそいそと団子を呑み込むと、少し咳き込んで俺を見上げた。


『まっ、マダラ…!』


家の中だろうと外だろうと、だいたいセンリの反応は同じだった。口元を手で隠しながら、怒ったように俺を上目遣いで見てくるが、何の迫力もない。


「誰も見てないだろ」


向こうの道の方にちらほら人がいるが、こっちの事なんて気にしていない。だがセンリはふるふる唇を震わせている。


『見てなくても恥ずかしいの!』


センリの反応が面白くていつもこうして意地悪い事をしたくなってしまうが、これはセンリが悪い。


「俺は恥ずかしくない」

『そっ、そん、』


嘘ではない。誰かが見ていようが見ていまいが別に俺は気にしていなかった。むしろセンリは俺のものだと皆が知ればいい。そうすればセンリに下心満載で近寄ろう等と考える輩も減るだろう。

その俺の思惑通り、うちはの者や里の者達も薄々気付いてはいるようだった。センリは表立ってそういう事を言いふらす性格ではない。本人も知らないうちに事が出回っているというのは、センリからしたらどう見えるのだろうか。まあ俺にとっては別に都合が悪い訳では無いし、逆に好都合だ。


『小さい時は私がくっ付いたら「離れろ!」とか言ってたのに…』


センリが下唇を突き出して、いかにもひねくれた様な表情をした。


「それは照れ隠しだ。その頃から俺はお前をそういう目で見てたから、それが恥ずかしかったんだろうな」


頭に僅かに残るガキの時の記憶を思い出す。色事も知らなかった時だ。思いを寄せる女から抱き締められたなんて、その当時の俺からしたら素直に受け取れずに、突き放して恥ずかしさをひた隠しにしていたんだろう。


『そ、そうだったの?全然分からなかった…』

「そうだろうな」


まあ、ガキの頃の俺がそんな感情を持っているなんて、鈍感の塊と言っても過言ではないセンリが気付くはずもない。それに、そんな事を考える猶予なんてないくらい戦ばかりの日々だった。


「これからは遠慮せずに俺に触れるといい」


センリが慌てる様子を予想し、意地悪のつもりでそれらしい笑みを浮かべながら言ったが、センリはふと目を俺に向けて固まった。そして何を思ったか間に置いてある団子の載っていた皿を二つ重ねて自分の反対側に片付ける。

無言で片付けるセンリをじっと見下ろしていると、センリは一度俺を見上げたあと俯いてそっと腰を上げ、すっと俺に近寄って再び腰を下ろした。


拳一つ分程の距離に近寄って恥ずかしさを押し殺し、それなのに頬を染めながらおずおずと俺を見あげてくるセンリは、破壊的な愛らしさだ。これを何の意識も無く突然やってくるから、本当に心臓に悪い。心臓が誰かに掴まれたように収縮するのが分かった。


ふ、と自然に口から笑みが漏れた。間にある微かな隙間がもどかしくてセンリの腰に手を回して引き寄せた。センリの髪からふわりと石鹸のような匂いがした。


『ま、マダラ』


自分から近くに寄ってきたくせに、焦って、俺を物言いたげに見てくるセンリ。『公共の場でこんなこと』とか何とか一人で喋っているセンリの言葉は無視した。俺だって人前で無闇矢鱈に乳繰り合う趣味はない。
だが普段柄にも無く里の為に尽くしてるんだから、これくらいの褒美があったっていいだろう。それなのにセンリはまだもじもじと呟いている。

『ね、ねえ、マダラ聞いてる?』

残念ながら聞いてなかった。人前となるとやけに往生際が悪いな…。


「黙らないとその口塞ぐぞ」


意味が分かったかは怪しいが、センリはハッと俺を見たあと素直に従って口を噤んだ。本当に愛い奴だ。店番の女が皿を片付けに来ないのをいい事に、俺はしばらくセンリから手を離さなかった。


しかしその気配は突然現れた。

チャクラを練っていなかったので気配を感じた次の瞬間には、甘味処の裏手の道から柱間と扉間が現れていた。センリは横から現れた二人の姿を見て驚き離れようとしたが、俺は力を入れてそれを阻止した。チャクラを込めていない、ただのセンリの力には負けるはずがない。


柱間は最初俺に気付いて何か挨拶でもしようとしたらしいが、センリの体を引き寄せる俺の手に気付いてハッとしたように口を開けた。


「な、お、お前達、まさか…そういう関係だったのか!?」


ああ、うるさい。柱間のでかい声が耳に響いた。センリは柱間の問いに視線を泳がせている。


「そうだったら何だと言うんだ」


眉を寄せながら言えば、柱間は、水から顔を出して餌を求める魚みたいに口を開け閉めしている。扉間は…一瞬こちらを見て視線を逸らした。


「そうだったのか?知らなかったぞ!何故言ってくれないんだ?」

「なんでわざわざお前に報告しなけりゃいけないんだ」


そう言えば柱間は「友達だろ!」とか何とかぶつぶつと文句を言った。お前は思春期のガキか。それに、見る人間が見たらすぐに分かる事だ。


『ちょ、ちょっとマダラ、離して…』


驚き狼狽える柱間を見て、センリが自分の腰にある俺の手を掴み小さく呟いた。納得はいかないが、渋々センリの腰から手を離した。


「それで?何だ、人の休息の日を邪魔しに来たのか」


俺達の前に立ち、右往左往している柱間は正直邪魔くさい。


「いやいや、偶然ぞ!小腹が空いたから休憩しに来たんだ。扉間付きで。まさかお前達がいるとは思わなかったぞ………しかも、うーん……そうか…」


腕を組んでしげしげとこちらを見てくる柱間。本当に邪魔しに来たんじゃないのか?


『そ、そうだったの。ここのみたらし団子は美味しいからね』


まだ照れた様子だったがセンリはにこやかに柱間に言葉を返した。


「うんうん、そうだな」


…こいつセンリの話聞いてないな。何を考えているかは分からないがニヤついた顔だからろくな事じゃない。

団子も食べ終わったし、折角のセンリとの時間に水を差された。そろそろ行くかと立ち上がろうとしたがそれより先に扉間が動いた。


「…行くぞ、兄者」


くるりと方向転換し、来た道を戻る扉間。


「え、おい、扉間。休憩は…」


こちらからはもうその姿は見えないが「いいから帰るぞ」と言う刺々しい扉間の声が僅かに聞こえた。


「な、何故だ扉間…!酷いぞ!二人とも……また後でな」


慌てた様子だったが意味ありげにこちらに視線をやったあと柱間も後を追いかけてすぐに見えなくなった。センリは首を傾げて、二人がいなくなった方向を見ていた。


『休憩はいいのかな…?』


センリは不思議そうに言ったが、俺は言葉を返さなかった。


「(あの扉間の反応…まさか、あいつ………)」


俺の頭に一つの考えが過ぎったが、完全に確信はなかった。しかし確信出来るくらいの予感はあった。


「(まあ、どちらにせよもう遅い)」


残念だったなと心の中でほくそ笑む。しかしあいつがセンリに気を寄せているとは意外だった。そんな浮ついた感情なんて無いような男だと思っていたが………まあ、それは俺も同じようなものか。


『あ、ねえマダラ。寒いから体動かして遊ぼうよ!鬼ごっこしよう。本気のやつ!』


突然センリが思い付いたように言って立ち上がった。寒いからこそ動こうなんざ本当にガキみたいだ。言うが早いがセンリは店の暖簾を分けて奥に向かって『ごちそうさま!』と声をかけると、座っている俺の手を取って急かす。


『ね、いいでしょ?ちょっとだけ!』


散々執務をこなして疲れているはずだが、センリの満面の笑みを見たら不思議とどこかに飛んでいった。仕方ない、と腰を上げて、はしゃぐセンリに付いていく。馬鹿みたいに平和だった。

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