- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-消えた扉間の疑心-


柱間とマダラ、それから扉間は微妙な関係を保ちつつも目立った意見のすれ違いもなく着々と里の地盤を固めていった。

ある日の昼下がり、昼休憩の時間を割いて、イズナは一ヶ月分の忍養成施設の様子をまとめた書類を提出しに火影室へと出向いていた。手が書類で塞がっているためノックもそこそこにイズナが肩で戸を少し押して開けると目の前の机にいるはずの火影の姿はなかった。しかし少し視線をずらすと扉間の姿が目に入った。扉間は、書類を抱えて入ってきたのがイズナだと気付くと巻物を結んでいた手を止めた。


「何か用か?兄者なら外出中だ」


どうやらその通りだとイズナは部屋を見渡す。大体一緒にいる兄の姿もない。大方一緒に昼食にでも行ったのだろう。


「…これ、頼まれていた書類」


イズナは短く言うと扉間の返事を聞かずに火影の机に近づき僅かなスペースに書類を少々無造作に置いた。里づくりを始めてから二人がこうして顔を合わせるのは初めての事だった。

踵を返す時もイズナは扉間を見なかった。イズナの忍靴が床を擦る音が微かに聞こえた。イズナは再びその戸に手をかけようとしたがその時扉間の声が後からそれを止めた。


「待て」


イズナは戸を開ける前にその声に足を止めた。無視しようかとも思ったが重要な件なら聞くしかない。


「何だ?」


イズナは扉間を見ずに戸に視線をやったまま小さく聞き返した。扉間は言うか言わないか迷っているようにも思えたが、口を開いた。


「お前が写輪眼を使えなくなったのは何故だ?」


扉間の言葉にイズナはピクリと反応してゆっくり顔だけ後ろに向けた。


「……姉さんから聞いたのか」


イズナの声音が少し変わったのが扉間には分かった。そして自分を見るその瞳は鋭く、少し前の戦場を思い出した。


「ああ。詳しくは話さなかったが」


イズナは扉間の考えを探るように目を細めて眉の間の皺を深くした。

少しばかりの無言。扉間はイズナが何か言うまで口を開かなかった。大きな窓から射し込む太陽の光が一瞬雲に隠れ部屋が暗くなった。何秒経ったかは分からなかったがその光が再び部屋を照らすとイズナがやっと言葉を返した。


「ボクは一度死んだ」


しかしその言葉を理解するのにはそれ以上の時間がかかりそうに思えた。扉間は困惑して眉をひそめた。イズナは変わらず尖った刃先を突き刺すように扉間を見ていた。


「扉間…お前から受けた傷が原因で、ボクは一度死んだんだ」

真実味のない言葉だったのにそれが、ああ、あの時かもしれないと何故か分かってしまって、扉間は少しばかり気持ちが悪くなった。


「…どういう事だ?」

扉間は一呼吸置いて聞き返す。


「言葉通りさ。ボクは一度死んだ。だけど姉さんがもう一度ボクに命を与えた」


突拍子もない言葉に扉間の中に疑惑がひたひたと広がる。しかしそれを言葉にしようにも頭の中の整理が追いつかなかった。


「…センリはお前を再び生き返らせたと?そして、その時に写輪眼を失ったとでも言うのか?」

結局口をついて出てきたのは疑心だった。


「そうだ。ボクはお前に一度殺された。そしてそのせいで写輪眼も失くした。だけどその事実を知って今更どうする?」

そして返ってきたのは突き返すイズナの低い声。自分の心を知られたくない、これ以上踏み込んでくるなという感情の篭った声だった。

扉間は初めて聞く事に驚きを隠せなかったが、その事実が本当なら何故イズナは休戦協定に反対しなかったのかと疑問に思った。疑惑に満ちた扉間の瞳を見てイズナは心の中で自嘲した。

「安心しなよ。だからと言って別に里に反逆する気なんてない」


イズナの目は厳しい怒りに燃えているように見えるのに何故かその口調は柔らかかった。


「憎しみを捨てたという事か?」


扉間の問いにイズナは今度こそ鼻で笑った。


「勘違いするなよ。ボクは今でも恨んでる。一族を殺した千手も、お前も」


ならば何故、と扉間が聞き返す前にイズナが次の言葉を紡いだ。


「ボクが今ここにいる理由はひとつ。兄さんと姉さんがここに居るからだ。二人が、この里を望んだからだ。だからボクはこの里に居る」


凛としたイズナの表情には何か圧倒されるものがあった。その言葉に全てが詰まっている気がした。


「この命は姉さんから貰ったもの。だから姉さんの為に使うと決めた。ただ、それだけだ」


扉間はその強い意志がこもった瞳に何も言えずにいた。今迄ならここですぐにでも攻撃を仕掛けて戦いが始まっていたというのに、今扉間はそれさえも出来ない状態だった。


「聞きたいことはそれだけ?それならもう行く」


しかしイズナは扉間が言葉を返す前にその手に力をこめて戸を開け、今度こそ出て行ってしまった。扉間はしばらく書類に集中出来ずにいた。


イズナの話が本当なら、イズナを死に追いやり写輪眼を奪ったのは自分だ。それについては異論はない。殺し、奪い合うのが戦争だ。

だがそれならマダラもセンリも、イズナを殺した原因が自分だと分かっているはず。扉間はこれまでの二人を思い返した。マダラは柱間と一族以外の人間にはあまり心を開いていないように見える。特に自分には余計な接触はしてこない。たまに戦場を思い出すような瞳を向けてくることもある。それはイズナの件が影響しているのかと思えば納得がいった。

それなのにセンリの方は全くそんな気配はしなかった。柱間にもマダラにも、それ以外の人間と接する時も笑みを絶やさない。これまでもセンリを見てきたがその笑顔に嘘はないという事は分かっていた。自分に向ける曇りない表情にも偽りは無い。


センリがイズナを本当の弟のように思っていることはよく知っている。それなのに、それならば何故、自分を恨もうとしないのか。一度イズナを死に追いやった自分が憎くないのか。どういう感情で自分と接しているのか。

扉間の思考は珍しく乱れていた。イズナから聞いた話も、それについてのセンリの考えにも。まるで分からなかった。

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