- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-ただの友、師弟、夫婦、微かな予感-



「俺は……――弱い者が嫌いだ」

柱間は何も言わずにマダラの言葉の続きを待った。マダラは注がれた酒が揺らめく様子を見つめていた。


「センリは、おかしな奴だった。あいつの言う事はほとんど、俺がガキだった頃の大人達とは違うものだった。俺は…――俺は、他の忍達を見て、ここは“力”だけがものを言う世界だと感じた。もしかすると、平和を作れるのもまた、誰をも凌駕する“力”なのかもしれない、と……」


柱間は小さく頷きながら何も返さず、少し抑えたマダラの声を聞いていた。それが親友の、自分と最愛の人にしか話さない本音だと分かっていたからだ。


「だが、誰よりも“強い力”を持つセンリは、絶対にそれに頼ろうとはしなかった…しかしあいつは、恐れられる程の強さを、蔑ろにする訳でもなかった」

マダラはそこまで言うと、目線を下げたままふっと微笑した。


「“平和は、力のみでは作れない。しかし力なくしても作れない”…あいつが言いたい事は、そういう事なんだろう。全く、本当に馬鹿な奴だ、あいつは……ま、お前も馬鹿みてーな事言ってるところは変わらねェな。お前にしてもセンリにしても、俺より強い奴らは、馬鹿ばかりだな」


マダラはついに言葉を止め、猪口に残された酒を一気に飲んだ。そして柱間は安堵したような笑みを浮かべた。呆れたような声音でもあったが、センリの心は、しっかりとマダラに伝わっているような気がしてきた。


「まあ、今でも俺は、弱い人間が嫌いだがな。センリのようにはなれないだろう」

「しかし、それもまた“マダラ”なのだと、センリならそう言うだろうぞ。きっと、お前のそういう所を含めてセンリは、お前の事を愛しているんだろう」


柱間の言葉に何も言い返せずに、マダラは苦笑した。ハッキリと想像が出来たからだ。



「オレは…お前がオレと共に里を作るという道を選んでくれて、本当に良かったと思っている。この里は、オレが本当に作りたかったものだ」

「命懸け、だって?」


マダラは半分馬鹿にするような口調で言ったが、柱間は大きく頷いた。



「…確かに、千手とうちはが同盟を組もうとした時、実際にお前は死のうとしたからな…」

もうそれも、随分昔の事のように思えた。


「マダラ…お前はガキの頃、忍達が死なない為には、“敵同士隠し事をせず兄弟の杯を酌み交わす”事だと言ったな。今も、そう思うか?」


柱間は何年も前、マダラと語り合った事を、今でもずっと覚えていた。マダラは静かに問い掛ける柱間に向かってふっと笑って見せた。


「だが、それだけじゃ分からない。相手の腑が見えない限りはな」


それはあの頃のマダラが言っていた言葉そのままだった。しかし、その先には続きがある。酒が入り、少し潤んだ光が映る柱間の瞳を見て、再びマダラは口を開く。


「俺達はもう“敵同士”じゃねェ。だから腑を見せ合う必要もねェ…。ただ酒を酌み交わして、他愛もない事を話しているだけの、友だ」


何の迷いもなくきっぱりと言い切るマダラの表情は、清々しいものだった。

友。
その言葉がどうしようもなく嬉しかった。
何度も殺し合った。敵同士だった。二人でこうして酒を酌み交わすのを夢見ていた。

柱間は突然目頭が熱くなり、袖でそれをぐいっと拭った。


「おいおい、勘弁してくれ。お前の涙を拭ってやる情けは俺には無いぞ」


鼻を啜る柱間を見て顔半分に笑みを刻み、マダラは少々呆れたように言った。


「う、嬉しくてのぉ…」


心から嬉しいという表情で、それなのに目を潤ませている柱間は馬鹿らしく見えたが、それが心地よくも感じた。涙脆いのは昔から変わらないなとマダラは笑った。


「これからもお前とセンリは生き続けて里を守ってくれると思うと、オレは…この先いつ死んでも後悔はない」


ゴシゴシと目元を裾で擦りながら柱間が言うと、マダラはやめてくれと苦笑いを浮かべた。


「何弱気な事言ってんだ。まだまだこれからだろうが。それに、お前を殺せる奴なんてそうそういない。老弱も病死もしなさそうだしな。まあ…余命少なくなったら俺がとどめでも刺してやろう」


ニヤリと笑いながらマダラが冗談めいて言うと、柱間はガックリと大袈裟に肩を落とした。


「オレはお前に殺される事になるのか…?酷い最期ぞ」

「最期くらい俺を勝たせてくれてもいいだろう」


冗談交じりにマダラが言えば、柱間は唇をムクムクと動かした後、大きく笑った。

友と、時間を共有出来る事が嬉しかった。
何の疑心も殺意も抱く事なく、笑い合える空間が、幸せだった。

昔、確かに決別をした。

敵として戦い、殺す覚悟もした。

命懸けで戦った。


最大の敵であり、唯一無二の親友。



殺し合った過去を水に流した訳では無い。憎しみを忘れた訳では無い。

ただ、友は今目の前にいる。敵としてではなく、唯の、友として。同じ未来を見据え、そして隣を歩いている。

ただその事実があれば、良いのでは無いかとさえ思えた。その事実があるのならば、厳しい現実を乗り越えられる。

平和を作るには、力と愛が必要だと信じるセンリの道をまた、マダラも信じてみたかった。そしてそれが親友の歩む道と隣り合わせならば、こんなに幸せな事はないのだろう。


二人の間にはもう、一切の澱みは無かった。


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