木ノ葉隠れ創設編

-第2次忍界大戦-


「!」



七人を凍らせていた氷が一瞬でなくなり、扉間はようやく身体の自由を感じた。だが氷が解かれても、もう誰も攻撃をしようとは思わなかった。

センリは男の目の前に膝をつき、血で汚れていない方の手をそっと肩に置いた。男は一瞬ピクリと身体を動かしたが、項垂れたまま嗚咽するのみだった。



『心の傷は中々治せないから…あなたの傷も、治るまではきっと、長くかかると思う。でも―――あなたの家族はきっと、あなたが誰かを幸せにできる料理を作り続ける事を、望んでいると思う』


術が解けた扉間は、数歩センリと男に近付いた。木々の間から陽光が差し込み、センリと男とを照らし出していた。それがこの世のものではないのではと思う程に耽美で、まるで絵画のようだった。



「……分かってる…あいつを殺したって……姉貴が帰ってくる訳じゃない…オレの家族が…それを望んでる訳じゃないって事くらい……」


男の声は、耳を澄まさなければ聞こえない程、小さな小さなものだった。



『うん』

「でも……でも、どうしようもなかったんだ……憎くて…たまらなかった」

『……うん』


嗚咽を堪えながら溢れ出る男の本音に、センリはそっと頷いた。センリの優しい声がすぐ側で聞こえる事に、男はひどく安寧を感じていた。


「大事な包丁で、こんな事するなんて…オレはどうかしてる……姉貴はきっと…失望してるよ…」


男は足元の地面に置かれた血濡れの牛刀を見て、誰に言うでもなく呟く。か細い声だった。


『でも、あなたは気付いたよ』


男は、涙と鼻水だらけの顔をゆっくりと上げ、眩しそうにセンリを見た。



『簡単な方じゃなく、難しくて時間がかかる道を、自ら選んだんだ。あなたはすごい人だよ。お姉さんは、きっと褒めてくれるはずだよ』

「オ、オレは――――」


センリは怪我をしていない手で、男の手をそっと取った。


『大丈夫、あなたは強い人だよ。包丁は……また新しいのを作ってもらえば大丈夫。これを作った人も、とても素晴らしい人だね。切れ味は私が保障するよ』


男の罪悪感と不安を読み取り、センリは優しい眼差しで語りかけた。男からは既に、怒りという感情が吸い取られてしまったように見えた。



「お前が選択した事は、絶対に間違いではないだろう」


扉間が落ち着いた口調で言った。男はやっとその存在に気付いたかのように、扉間の方を見上げた。男は観念したような表情で、その場から動かなかった。


「センリ…大丈夫か?」


反対側からマダラが静かに近付き、センリに問いかける。センリは心配ないというふうに微笑んでみせた。
イズナとヒルゼン達もそっとセンリ達に歩み寄った。


『問題ないよ!』


そのやり取りを気の抜けた顔で見ていた男だったが、ふと、センリの右手が血に濡れているのに気付いた。そしてそれが自分のせいだと思い出した。


「オレ―――その――あんた、手…――」

『大丈夫。これは私が自分でやったものだから。あなたのせいじゃないよ』


男は言葉につっかえたが、センリは言わんとしている事を理解し、落ち着き払って言った。



「復讐をしても家族は戻らない。その気持ちにも一里あるけれど…。それどころか物凄くよく分かる……でも、あんたはきっと、立派な料理人になれると思うよ」


イズナが言った。男は力無く俯く。



『あなた達の村には護りの結界を張ったから、この先襲われる事はないと思う。……遅くなってしまって、ごめんね』

センリが言うと、男は小さく首を横に振った。


「オレは……本当にどうかしてた……人を…殺そうだなんて―――」

『あなたは憎しみを乗り越える事が出来るよ』

「でも―――もうオレの料理を喜んで食ってくれる奴なんか…――」

『じゃあ私が食べに来るよ』


男はハッとしてセンリを見た。センリは側に置いた包丁に左手をかざし、ゆっくりとその手を動かした。刃についていた鮮血が、消え去った。


『この村でも…それから火の国でもいいよ。あなたが料亭を開いて、そうしたら私が必ず食べに行くから』


男の瞳が揺れ、また涙が溢れ出てきていた。


『心配しないで!私ってば本当に嫌いなものがないから、何でも美味しく食べられるよ。それに丼物食べても、その後うどんもデザートも食べられるくらいたくさんお腹に入るから』

「違―――そういう事じゃ、ねーよ……」


男は静かに涙を流しながら、ふ、と笑みを零した。自分でも分からない内に、微笑んでいた。

センリは男の心の落ち着きを確認し、そっと立ち上がった。



「あんたら……火の国に帰るのか」


座り込んだままの男が小さく問いかけた。センリは手の平から流れる血を止め、ポーチから片手で器用に包帯を取り出して、グルグルと巻き付けた。


『ヒルゼン、ダンゾウくん、彼を村まで送ってくれる?すぐそこだけど、念の為、ね』

「はい」


ヒルゼンが素早く返事をした。二人が寄り道をしたとしてもすぐに追いつける距離だ。


「それなら、ボクたちも行こう。姉さん、大丈夫?」


イズナが言うと、扉間もマダラも頷いた。センリは包帯をグッと結び、『もちろん』と返した。



『彼女もすぐに目を覚ますだろうから……――ありがとう、マダラ』


センリが砂隠れのくノ一を背中から支えて起こし運ぼうとするのを、マダラが何も言わずに代わり、くノ一を木の幹に寄りかからせた。

男が再び攻撃をする事はないだろうと、その場にいた誰もが思っていた。


「その……すまねェ、あんたの手――」


帰り支度をする気配を察知し、男が申し訳なさそうに呟いた。だがセンリは全く気にしていない。



『ちなみに私は回復能力がすごくてね。これくらいの傷なんて明日には治っちゃうから、大丈夫だよ。あなたも、気を付けて帰ってね』


センリは朗らかに返すと、男はぎこちなく笑った。



「オレ達は先に行っている。ヒルゼン、ダンゾウ、その男を送り届けたらすぐに合流しろ」


扉間はそう言うとイズナと目を合わせ、小さく頷き合った。


センリは去り際にもう一度男を振り返る。男の顔からは、もう憎しみの色は、見えなかった。

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