木ノ葉隠れ創設編

-第2次忍界大戦-


男が踏み出そうとするのとほぼ同時に動こうとした扉間だったが、どうにも身体が動かない。

センリの氷遁が全員の動きを止めたと分かるのと、自分達の背後にいたはずのセンリの白銀の髪が横で揺れるのと、そして村の住人の男の目が驚嘆に見開かれるのとは、全てが刹那の内に起こっていた。



「!!?」


センリは、他の七人の動きを止めるために氷を放ち、七人の腰辺りまでを覆っていた。何の気配もなく、そして扉間が避ける事が出来ない程に、全てが瞬きの内の出来事だった。


「(印を結ばずに―――)」


ダンゾウは顔を驚き一色に染めていたが、一番表情を驚きに変えていたのは、センリの手の平に包丁を突き刺した男だっただろう。

倒れているくノ一の目の前に移動し、男の刃を右手の平に突き刺し受け止めたセンリは、柄を両手で握りしめている男の片方の手首を左手で握った。

予想外の出来事に男は面食らった。刃が突き刺さったセンリの手からは鮮血が流れ出し、ポタポタと地面に染みを作っている。包丁を持つ、男の手が震えているのが分かった。



「な、なぜ―――」


男の声は掠れていた。まるで訳が分からないという表情でセンリの顔を見返している。
マダラはセンリの行動を見て、動く掌にグッと力を入れたが、術を繰り出す事はしなかった。扉間も、他の者も、センリの様子を伺った。



「なぜ―――そいつは、お前達にとっても敵だろ……なぜ庇う――?」


センリの顔は、仲間を守る時のそれだと感じた男は、理解出来ないというふうに言った。センリは男の手を離さなかった。


『あなたが言うように……あなたの家族が殺されたのは、私達のせいでもある』


センリは流れ出る血も痛みも、全く気にする事なく、男の目を見つめて言った。



『私がもう少し早く気付いていれば…あなたの家族は死ななくて済んだかもしれない』


センリの静かな声を聞いて、男は突然息を吹き返したように、大きく息を吸った。



「そんな――そんな事……もう遅い……もう、オレの家族は…死んだんだ…!」

『遅くない』


男は目を見張る。センリの眼は、揺らぐ事なく男を射抜いていた。



『あなたには今、選択出来る道がたくさんある。でも……今彼女を殺してしまったら、破滅に向かう道しか進めなくなる』

「だから何だ!だったら…だったら、オレは――破滅の道を選んでやる――それでいい!」

『良くないよ』


センリは刃が突き刺さっていない方の手を少し移動して、絵を握る男の両手の上にそっと乗せた。力を込めていたが、センリの手をそのまま切り裂く気はないようだった。



『あなたは、とても心の優しい人だ』

「!―――な、何を訳のわからねェ事を言ってる―――」

『私には分かる。あなたがどんなに優しい人なのか……分かる。あなたは復讐を決めたけれど…どこかで後悔してる』

「んな事ねェ―――!」

『本当は、分かってるはずだよ。あなたが本当に望む事は、彼女を殺しても実現しない』

「そんな事はどうでもいい!!」

『どうでも良くないよ』



男は呼吸を荒らげていたが、センリはひどく落ち着いていた。男の視界にはセンリだけしか移らず、辺りの状況を飲み込めない。いよいよ混乱してきて、男は荒い息遣いをどうにか収めようとセンリを睨むように見つめた。

マダラも扉間もイズナも、誰も口を開かなかった。



『あなたは、あなた自身を大事にしなきゃならない』

「じ、自分なんか…自分自身なんかもうどうだっていい―――あいつを殺す事さえ出来れば―――」

『ダメだよ』


男の表情には、怒りよりも動揺と困惑の方が多く刻まれてきていた。



『あなたは、料理をする人?』

「!な、なんでそれを―――」



センリは優しく微笑み、男の両手をそっと撫でた。右手の人差し指の、第一関節と第二関節の間に、大きなタコがあった。



『ここにタコが出来るってことは、少し特殊な包丁の持ち方をしてるって事だね。それに、あなたはとても握力が強いみたいだし…それからこの包丁…普通の包丁じゃないよね。とてもよく研がれてる』

「!―――」


男が握っていた包丁は、刃幅が狭く、刃渡りは通常のものより長い。その切れ味は、刺されているセンリだからこそ分かるものだった。

男は薄暗く口を開き、動揺を見せた。その表情を見て、どうやら予想は当たっていたようだとセンリは微笑んだ。



『私は……私は忍だから、あなたに偉そうな事は言えないけど…。でも、あなたには、人を殺してほしくない』

「なっ――何を、勝手な事を―――」

『確かに勝手だね。家族を殺されたのなら…その原因をつくった人を殺したくなるのも分かる。私にはそれを止める権利がない事も』

「それなら、なんで」



センリは、困惑しきっている男の目を、真っ直ぐに見る。



『あなたの手は、人を殺すための手じゃない。人を―――幸せに出来る手だ』

「!―――」



男の目が見開かれ、柄を握る手から力が抜けるのが分かった。センリの瞳は優しく、それが男の身体から力をそっと奪っていく。



『あなたはまだ若い…でもこんなに指の関節にタコが出来るって事は、本当に一生懸命その道を目指してきたって事だ』


男の手の震えを静かに止めるように、センリは握っている両手を包丁の絵から取り払う。男はセンリを見つめたまま、抵抗しなかった。



『あなたの家族は、あなたの作る料理がとても好きだったのかな?』

「―――………そうだ……」


男の声は小さく、まるで観念したような声音だった。

センリが男の両手を柄から完全に取り払うと、男の手が力無く体の横に垂れた。センリは右手に突き刺さった包丁を抜く。血が垂れて流れていくのは、止めなかった。



『あなたはとても優しい人だから、きっと作る料理も、やさしい味がするんだろうね』


まるで小さな子どもに言い聞かせるようにセンリが言うと、男の目が潤み、震え、涙が溢れ出た。

そして男は力無く、その場に膝をついて座り込んだ。

[ 178/230 ]

[← ] [ →]

back