木ノ葉隠れ創設編
-重なり合う愛-
センリは少し照れたように、へへ…と笑いながらマダラを見上げる。マダラの瞳が微かに動く。
「…センリ、もう一度言ってくれ」
マダラはまだ耳の奥に残るその言葉をもっと確実なものにしたくて、センリの両肩を持って畳み掛けるように言った。
センリは恥ずかしそうにもぞもぞして一度下を向いたが、すぐにマダラを見つめる。
『す、好きだよ、マダラ。心からあなたが、大好き』
センリは沸騰しそうだったが、マダラの熱い視線に何とか応える。「好きだ」というその言葉がマダラの頭の中で、水に落ちる雫の波紋が広がっていくように響き渡る。寒さが身に染みるのに、それさえも甘美なものに思えた。訳もなく口の中が乾いた。
目の前の出来事が、目の前にいるセンリが、その少し震えた言葉もその照れたような表情も、自分を見上げる慈愛に満ちた瞳も、全てが愛おしかった。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
『私ね、マダラと一緒にいたい。もちろんマダラがちっちゃい頃からそれは思ってたんだけど…いつの間にかマダラだけ特別になって、マダラが悲しい時は側にいてあげたいし、逆に私がそういう時はマダラにいてほしいなって思うようになっちゃって。それでずっと言いたかったんだけど、中々言えなくて……。だから、いま、私すごくすごく嬉しい』
マダラは口の中に息吹が戻るのを確認してからもう一度、気持ちを共有するための言葉を微かに白い息とともに吐き出した。
「俺も、同じ気持ちだ」
センリは照れた顔を隠すようにしてから、マダラのお腹と腕の間あたりに手を伸ばす。マダラは微笑を携えて、迷う事なくその体を受け止めた。
今までで一番温かく、優しい体温だった。その抱擁は体だけではなく二人の心も繋いでいた。一寸の空気さえも二人の間には皆無に思える。
「誰よりも、お前が好きだ」
マダラの腰に手を回し耳を胸元に寄せれば、トクトクという、少し早めの心臓の音が心地よく鼓膜を揺らした。すると突然胸に埋まっているセンリの顔が離れ、マダラを見上げる。
『あっ…で、でもマダラ……わたし、マダラとすごく年の差があるよ』
センリが心配そうに呟く。何を言い出すかと思えば、そんな小さな事かとマダラは苦笑する。
「今更だろ」
そんな事何でもないというふうにマダラが言うと、服を掴むセンリの手に少し力が入ったかと思うとセンリの体が少し離れて眉を下げた表情が現れる。
『でもわたし、マダラが小さい時から側にいたのにこんな思いになったって…嫌じゃない?』
他愛ないことを真剣な表情で言うので、可笑しいのか愛おしいのかマダラは分からなくなった。
「俺だってずっとそう思ってたんだから、あいこだ」
マダラは呆れたように言ったが、センリはまだ納得いかないようだった。
『でも、わたし何年も生きてきた割にはあんまり頭良くないし…ほら、正直難しい話とか分からない時あるし……』
「自覚あったのか?」
センリに自覚症状があったことにマダラは驚き、そしてふ、と笑う。
『あるよ!それにチビだし、力も無いし、女の人としてのなんかこう…色気もないし、マダラは私を強いって言うけど、さっきみたいに泣いちゃう時も…ごく稀にあるし、それに、』
マダラは慌てたように言い出すセンリの口元に手をやり人差し指指を当て、しっ、という動作をした。するとセンリは素直に口を噤んだ。その従順な行動にさえいとおしさを感じる。
「俺はどんなお前だって受け止める。受け止めたいんだ。お前が、そうしてくれたように」
まだ少しだけ赤い目元とキラキラした金色の瞳が急に愛くるしく見えた。
マダラの優しげな表情に納得しそうになっていたセンリだったが、まだ言い分が止まらないようだった。
『でも、』
センリが何か言う前にマダラは人差し指をその唇に押し当てた。
「少し黙れ」
命令しているはずなのに優しく聞こえるその言葉。マダラはそっと人差し指を離した。
『…!……』
人差し指が離れるとすぐにセンリの視界いっぱいにマダラの端正な顔が近づく。マダラの睫毛が自分に触れてしまうのではないかと思ったがそれよりも先に唇に柔らかい感触を感じた。温かな温度がそこに当たる。
センリが驚き、目を見開いているうちにマダラの唇が名残惜しそうに離れていく。
『まっ、まっ、マダラっ…』
みるみるうちに頬に熱が集中して焦ったように言葉を紡ぐセンリ。まばたきも忘れているようだ。まるで初々しいその反応にマダラはピクリと眉を動かした。
「………センリ、お前まさか口付けしたことないなんて言わないよな?」
マダラは若干怪しそうに、そしてセンリの初々しい反応に驚きを隠せないようにじーっと見つめる。
『…〜っ……』
センリが視線を泳がせ、もじもじしているのを見てマダラは悟った。
「ウソだろ?お前、百年以上生きてきて…本気か…?」
センリはもちろんキスなんてした事無かったし、そもそも恋愛すらして来なかった。今が夜中で良かったと想いながら、センリは耳まで真っ赤になって上目遣いでマダラを見上げる。
『………な、ない……』
びっくりするほど体温が高くなったセンリを前に、マダラはニヤッと笑った。
「なるほど………今まで戦いの実力も、生きてきた年数も、人としての器もお前に勝てなかったが……やっと、お前に負けないことを見つけたようだ」
それはマダラが何か良からぬことを考えている時の笑みだ。センリは熱くなった体をビクッとさせる。
『ま、負けないことって……?』
センリがおずおずと呟く。先程までのやさしげな表情はどこへやら。今のマダラはまるで悪魔の笑顔だ。
「さあ、な。それはこれからの楽しみにとっておけ」
センリの背筋になぜかゾワゾワしたものが走った。それは冬の夜の冷たさではない。
ビクビクしているセンリはまるで小動物だ。マダラは意地悪をしたくなったが、時間ももう遅いし、センリが風邪をひいても困るので我慢した。
『…?』
自分を見つめるマダラを少し警戒しながらも、不思議そうに見るセンリ。何か言う代わりにマダラはもう一度その体を抱き寄せた。
「……もう離さねェ。どこにも行かせねェ。ずっと、俺の側にいてくれ」
夜の風は冷たいのに、触れた体は不思議なくらいあたたかい。
『うん……』
センリもマダラも穏やかに微笑む。マダラの背中に手を回した。いとおしい。心からそう思った。
長い時を経て、二人の本当の心はこの時ようやく重なった。
二人は少しの時間そうして身を寄せ合っていた。二人とも胸につかえていた全てが取り払われてもやもやした雲が晴れ、体の力が抜けていくような安心感に包まれていた。
二人の間にあるのは愛だけだった。
マダラがこの世に誕生した記念すべき日。その瞬間だけは、過ぎる時間も、足下を流れる水も、二人を照らす星たちの灯りも。何も関係なかった。ただ、愛だけが二人を包んでいた。
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