- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-固まりゆく里の地盤とうちはの石碑-


「しかし……平和を願う者を利用して全くの逆の事を起こそうなど……この石碑を書き換えた奴が、うちはの人間の事を駒として見ていた事は事実だな。お前がいなかったらどんな惨劇が起きていた事やら……」

『世界平和を唄うものだと分かったとしたら、マダラはやろうと思った?』


僅かに、困ったような笑みを浮かべながらセンリが問いかけた。マダラの片目が少し細められた。


「……もし、本当の意味を知らずにいたなら、実行したかもしれねェな」
少し考えた後、マダラは呟くように言った。


『マダラは小さい時から忍の世界が平和になる事を願って水切りしてたからね』


こんな事を言えば多少は驚かれるかと思っていたマダラだったが、センリの口調は穏やかだった。そんな事は気にしていないという口ぶりだ。


「人は誰もが平和を願うが、それと同じく戦う事を望む…。俺も例外じゃない。もしそんな事に迷わずに、手っ取り早い方法があるってなら、俺はそっちを選んだかもしれない」

『マダラって戦うの好きだもんね』


センリは微笑んだが、マダラはムッとしたような表情をした。


「俺は真剣に悩んだんだぞ」

『知ってるよ』


マダラが顔を顰めたまま言うが、やはりセンリは優しく笑うだけだった。

センリは、未だに睨むような視線を向けるマダラを見て笑い、手袋を嵌めた手をとった。布地の向こうにマダラの体温を感じた。


『マダラがたくさん悩んでたの、ちゃんと知ってるよ。マダラは強いから、一人で何とかしよう、自分一人で出来るって思ってた時が、ちょっとあったでしょ?』

「……」


センリの小さな手に優しく力が加わるので、マダラは無意識に柔く握り返していた。


『でも、マダラは気付いてくれた。柱間を信じてくれた。うちはのみんなが本当に幸せになれる道を、真剣に考えてくれた。私の心も受け止めて、そして私の事を頼ってくれた……。平和は、力による支配じゃつくれない、一人きりじゃつくれないって事、分かってくれてる。強い力がどうあるべきか、ちゃんと考えてくれてる……私はそれが本当に嬉しいの』

「…それは……――それは、お前が俺にそう教えたんだろう。こっちが呆れるくらい何度も、何度も」


センリがあまりにも愛おしそうな顔をするので、マダラの心臓がきゅっと締め付けられたように痛んだ。優しい痛みだった。



「人間の二面性も、“それでいいんだ”とか何とか言って……―――」

『そうだよ!戦いがなくなる事が、“平和”とは限らない。マダラだって別に人を殺したいって思ってるわけじゃないでしょ?』

「そりゃあまあ、そうだが…」

『じゃあいいじゃない!色んな矛盾があったとしても、それが人間だもん。完璧じゃなくても問題ない!だからこそ人と人との繋がりが大切なんだから!』

「ほら、それだ」


マダラが呆れたように眉を下げるのを見てセンリはにっこりした。


『でもマダラは、私の言った事をちゃんと受け止めてくれたでしょ?』

「それは…お前の方がずっとそうしてくれていたからだろ。お前は俺でなくても他の奴にもそうしていただろうが……」

マダラは少し不貞腐れたようにブツブツ言った。



『でも私の心を丸ごと受け止めてくれたのは、マダラが初めてだよ』

「……!」



マダラは、センリを見て少し目を開いた。想定していなかった言葉をきちんと飲み込むと、今度はマダラの心臓の辺りがじんわりと温かくなった。


「………じゃあ俺は、お前にとって特別って事か」

『もちろんだよ!』


センリはぎゅっとマダラの手を握った。心からそう思っていた。

突然センリの事を胸に抱いて離したくなくなってしまいそうになり、マダラは石碑の方に目をやった。センリから真っ直ぐな愛を向けられる事には、まだ少し慣れなかった。


『それに、この世界で戦いがなくならなかったとしても、辛い事や悲しい事がたくさんあったとしても……それでも、私はこの世界が好きだよ。この世界に来られて良かったなって思ってる』


センリは心からそう思っていた。そしてこの気持ちはこれから先変わる事はないだろうと、そう確信もしていた。



『これは私個人の勝手な思いだけど……私は、この世界に来て、幸せな事をたくさん経験して、大切な事もたくさん知って……大好きな人に出会えた。私は、私が生きてるこの世界が…私の大切な人達が生きてる世界が、マダラがいるこの世界が、とっても大好きなんだ』


センリの笑みは、慈しみに溢れていた。マダラはそれが少し眩しくて、幾分か目を細めた。


「俺は、お前のそういう阿呆らしい考えが……―――嫌いじゃない」

センリは僅かに目をパチパチと瞬かせた後、嬉しげに破顔した。


『いつも本当にありがとう、マダラ。マダラの言葉が、私は本当に嬉しくて……―――ってやっぱり毎日毎日言い過ぎ?うるさい?』

「問題ない。お前の声は、聞き飽きる事がないからな」


二人は顔を見合わせて微笑んだ。冷たかった空気が、ほんのり温度を上げた気がしていた。



『それじゃ、行こうか。もうここに、用はないよね』


センリはふと我に返って言った。いつになく念を押すセンリに、マダラは頷いてみせた。


「…そうだな。お前に石碑の事を話したのは無意味ではなかったが、もうここにいる必要はない」



神社の外に出るともう日が落ちてしまっていた。森に囲まれた辺りは暗く、空気は張り詰めていて鳥肌が立った。


『寒いね』


センリは黒いマフラーを手で引き上げて口元まで覆った。ふわふわした感触が唇に当たる。


「そうだな」


センリはマダラを一度見上げ、そして近付き、その腕にそっと擦り寄った。大切なもののように自分の腕に触れるセンリを、マダラは目を細めて見ていた。


『あったかいココアが飲みたいな』

「お前は冬の寒い日にはいつもそれだな」

『あったまるし美味しいから!それに、ココア飲んでゆっくりしながらマダラと話してるのが好きだからね』

「……それは、俺も同じだ」



帰り道の空気は凍りつきそうだったが、センリが触れたところだけは温かかった。安心する温度だ。


「(もし………もしも、センリと出会っていなかったら……そうしたらあのままイズナは死んで………それであの石碑は偽物だと気付かずにいたら俺は………)」


嫌なイメージを頭から振り払う。

あの石碑は偽物だった。センリが言うならそうなのだろう。それにイズナも生きている。センリは隣にいる。そして新たな未来が詰まった里もある。


「(俺は、俺のすべき事を…)」


二人の息の白い煙は、一つになって薄暗い星空に吸い込まれていった。

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