- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-重なり合う愛-


マダラはセンリが落ち着くまで、しばらくそうしてセンリの鼓動を感じていた。センリの頭を撫でてやると、センリの呼吸が安堵に変わっていくのを感じた。

スンスンと鼻を啜っていたセンリの呼吸が徐々に平静を取り戻す。息を吸ったり吐いたりが、だんだん通常通りになっていくのを、マダラは体のすぐ側で感じた。


どこから遠くから、ホーッというフクロウの鳴き声が聞こえてきて、月が水面に映り込み二人の足元でユラユラと揺れていた。

しばらくして、前にもこんな事があったような気がしたとセンリは考えられるくらい落ち着いてきた。


『……ごめんね、マダラ……もう、大丈夫』


センリが小さく呟く。センリの呼吸が落ち着いたことを確認して、マダラはそっとセンリの体を離した。一気に体に寒さが突き刺さった。

水面に膝をつけていては冷たいだろう、と、マダラはそっと立ち上がり、センリにも手を差し出す。センリはその手を握り、立ち上がる。


『あの、ご、ごめんね、突然泣いたりなんかして……。なんだか、すごく悲しい夢を見ちゃって、その、わたし……』


センリは申し訳なさそうにマダラを見上げる。その目はまだ涙目だった。しかしもうセンリの目から新たな涙が溢れることは無かった。


「心配することはない。取るに足らない、なんて事のないただの夢だ…気にするな。それに……お前がそうやって内に思っていた事をやっと、さらけ出してくれて良かった。我慢することない。俺はずっと見たいと思ってた…お前の、弱い部分を」


マダラはセンリの頬に手を伸ばし、そっと触れる。壊れてしまわないように、そっと。

センリは微笑む。その笑みは今度は、無理をした笑顔ではなかった。マダラは、センリのことで息苦しいくらい頭が一杯になっていたし、それは双方同じだった。


思えばマダラと出会ってから……いや、この世界に来てから、自分の弱い所を人に見せたのは初めてだった。それが、マダラになら見られてもいいと思った。弱音を聞いてくれたのがこの人で良かった。

そう考えると何だかセンリは照れ臭くなって、曖昧に微笑んだ。


「なら今度は…俺の本音を、聞いてくれないか?」


マダラはセンリの頬を撫でる。その口調は穏やかなものだった。センリははにかんで大きく頷く。


『うん、もちろん』



マダラは一呼吸置く。

センリのはにかんだ顔を見ていると再び抱き締めたい衝動に駆られたが何とか押さえ込んで、マダラはセンリの小さな顔にその手の平を当てた。涙で湿った頬が寒風に当たって所々冷たくなっていた。
涙の痕をそっとなぞるように指を滑らせると、センリの瞳が、照れくさそうにマダラを捉えた。その表情を見た瞬間、何年もしまい込まれていたものがマダラの口から溢れ出た。


「俺は、センリ…………お前が、好きだ」

『―――!?』



マダラの真剣な瞳がセンリを射抜き、言葉が心に刺さる。センリは一瞬ピクリと瞼を動かした後、その言葉に目を見開く。涙目が月明かりでキラキラと光っていた。

今、目の前の男は、何と言ったのか。聞き取れなかった訳では無いのに、ざわざわと信じられない気持ちがセンリを駆けた。しかしその言葉が嘘ではないことはすぐに証明された。マダラの視線が痛いほど突き刺さる。


「お前を愛してるんだ、センリ………お前のことが、どうしようもなく、好きだ」


マダラの熱っぽい視線にセンリの中の熱も上がる。センリは声が出なかった。口は微かに開くのに、マダラの情熱的な言葉に、呼吸をするので精一杯だった。嗚咽もないのに息が止まりそうだった。


「お前のことが愛おしくて仕方ない」


マダラはもう我慢しなかった。何年分ものセンリへの気持ちが、止まることを知らずに次々と口から転がり落ちる。


「忍である以上感情は押し殺して生きていかなきゃならねェ。自分の気持ちに左右されるなんざもっての外だ。生きて行くのに何よりも必要なのは強い力だと…愛など弱いものだ、邪魔なものだと…そう思っていた………確かに俺はずっとそう考えていたし、そうしてきたつもりだった。そうやって…戦乱の中も生きていたつもりだった。お前がいない間も、ずっと」


忍たるもの感情くらい殺せないとやっていけない。ましてや戦乱の中に、愛は必要ない。必要なものは、強い力だ。平和な世界を作るのだって、きっと――。


「でも…センリ…お前に対する感情だけは殺せない。どうしたって、殺せない……昔もそうだし、戦がなくなってからは膨らんでいくばかりだ。お前が好きで、好きで、どうしようもない…。どうしようもないくらい、愛してるんだ」


そう言ってマダラは自虐的に笑う。不思議とマダラに羞恥心はなかった。ただ、センリに聞いてほしくて、自分の心の奥底から思いが勝手に溢れ出て、止まらなかった。

センリは瞬きも忘れるくらいにマダラを見つめ、その言葉のひとつひとつをゆっくり心の中に落として行った。マダラの黒い瞳に月の光が映り込み、いやにキラキラと光っていた。


「もう感情を抑えられないくらいガキじゃないが……里が出来て、お前が色んな奴らと関わるのを見て、お前をより近くで見て……一層お前への気持ちが強くなった……。俺は、お前が他の誰かのものになるなんて、嫌だ。お前の悲しみを見るのも、涙を拭うのも、俺がいい。俺の側に…いて欲しい」

『マダラ………』


マダラの中の、胸につかえていた感情が今詰まることなく流れ出る。目の前のセンリに、心の中にあるものの全てを聞いて欲しかった。



「もちろん最初は、お前の強さに惹かれた。センリ程強い人間を見たことが無かったからな……だが今なら分かる。俺は、お前の心に惹かれたんだ。誰よりも強いのに、その力を自分の為ではなく、誰か、他人の為に使うことができる……。
馬鹿なヤツだと思っていた。弱い人間が愛おしい、だなんて――。お前の言うことはいつもおかしくて、馬鹿みたいだった。唯一の存在だったんだ。俺にとって、ずっと…。お前は、ずっと、俺を守ってくれていた。俺の心を。だからお前がいなくなった時俺は、気が狂いそうだった……」


マダラの眼が、やさしく細められる。センリしかしらない、マダラの表情だ。


「愛してる、センリ。初めてお前を見た時からずっと……俺は、お前のことが好きで好きでたまらない」


涙はもう枯れたと思ったのに。それなのに今、センリの目頭がじんわりと熱くなっていく。唇がふるふると震え、マダラの顔がぼやけていく。


「……なっ、なんでまた泣くんだ?また何か辛い事を思い出したのか?それとも、嫌だったか…?」


センリの目がまた潤み始めたので、マダラは少し焦ってその顔を覗き込む。


『違っ……嬉し、涙だからっ』


センリは笑っていた。恥ずかしそうに、そしてひどく幸せそうに、笑っていた。マダラが何ともいえない表情で微かに動揺している姿が霞んで見えた。

センリはやっと理解したのだ。

マダラがこんなにも自分を愛していてくれたこと。そして自分が、こんなにもマダラを愛していたこと。


マダラの言葉を聞いて胸の奥がほんのりと温かくなって、じわじわとした嬉しさが体に広がっていく。流れ出るのはもう悲しみの涙ではなく、まるでマダラに対する愛情そのもののような気がした。好きの気持ちが溢れて止まらなかった。


センリは涙を袖で拭い、きちんとマダラの顔を視界に捉えた。一度深呼吸をして呼吸を整える。



『私もね、マダラが大好きだよ』



センリはしっかりと自分の口からマダラに伝えた。マダラの目を見て、一番正直な自分の気持ちを。

やっと伝えられた。

本当は何年も前から伝えたかった、本当の気持ち。それを口にすると、ますますマダラへの気持ちが確実なものになる気がした。


ああ、わたしはこのひとがすきなのだ。


センリの心が納得した。
口から出た言葉に、センリの心がそれを追いかけるようにより真実に近付く。


「…!…」


マダラはその真っ直ぐな目とセンリの言葉に胸が熱くなった。

それはマダラにとっても、今まで一番欲しかった言葉だ。自分にだけ向けて欲しかった言葉だ。それが今センリの口から、はっきりと聞こえた。

マダラも、何年も待った。
この言葉を聞きたくて仕方なかった。

その目で、その口で、その声で。
一番欲しかった言葉がセンリの唇から紡がれたのだ。

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