木ノ葉隠れ創設編
-弥彦と小南と長門-
「本当はいい人だったんだね」
小南がほっとしたような口調で言った。口は悪いが、インテツ自身は悪い人間には見えなかった。
「人は誰でも間違いを犯すものだからのォ」
自来也もインテツが自分達の事をどこかに漏らすとは思っていなかった。
『そうだね。気付けない人、気付いても直さない人がいるけれど、インテツくんはそれに気付いてきちんと反省して、向き合おうとしてくれたからね』
「センリ先生はインテツさんがそういう人だって分かっていたから、あの時話しかけたんですか?」
長門が問いかける。センリが敵国の忍になぜそこまで辛抱強く話しかけるのか不思議な事だっただった。その瞳があまりに純粋で綺麗なので、センリは優しく笑った。
『私は人の心が読めるわけじゃないから、分からないよ』
「それならどうして?」
『ふふ、長門は自分が不思議だと思った事は、必ず理由を聞くよね。私は長門のそういうところ、素敵だと思うな。そうだなあ、どうしてかっていうと……』
長門は若干照れたような、それでも興味津々といった表情でセンリの言葉の続きを待った。
『私はそれなりに強いからね、他の人を力づくで従わせる事も出来る』
「そうッスよ!そうすれば戦争なんて起こらないかもしれない」
弥彦が横から答える。小南は少し同調するように頷いたが、長門はじっとセンリを見ていた。
『でもそれじゃ意味がないって事を、私はよく知ってる。力づくで従わせた平和はね、必ず壊れてしまう。暴力や恐怖で、人を従わせる事は出来たとしても、心までは縛る事は出来ないから。平和は、力の支配では作れない。平和はね……心と心の結び付きで初めてつくられるものだと思う』
センリの脳裏には、かつてのインドラとアシュラが辿った互いの道が浮かんでいた。そして彼らが成し遂げられなかった事は、彼らの転生者同士が全うした。辛く、苦しい道を辿った後に。
憂うようなセンリの横顔に、自来也も自分なりの平和への道を考えていた。三人の子ども達に、その道の歩き方を少しでも知って欲しかった。
「心と心が結び付くには…どうしたら良いのですか?」
センリの言葉の一つ一つを噛み締めながら、長門がまた問いかける。
『そうだなあ。その考え方もまた人それぞれなんだろうけど……私は、心と心を受け止め合う事が大切だなって思うよ。つまり…まずは相手の事をよく知って理解して、それから自分の事も知ってもらう。だからその方法として私は、“話し合う事”が重要だなって思ってる』
「話し合う……」
『そう。長門だっていつもそうしてるでしょ?出会った時だって、あなた達が自来也に自分達の思ってる事を話して、そして自来也がそれを受け止めてくれた』
センリは自来也に向かってにっこりした。センリの笑みを見ると、自来也は子どもの頃を思い出した。小さな頃から、センリにあたたかい言葉を貰う事はどこか擽ったく、心地よかった。
『お互いにきちんと向かい合って、目を見て、そして話し合う。お互いの思っている事を受け止め合う。時間はかかるかもしれないけど、そうやって受け止め合いを繰り返していく先に、私は平和ってものがあると信じてる』
センリの強い瞳を見てハッと気付いたような素振りを見せたのは弥彦だった。
「でもそれって、とても難しい事ですよね?」
今度は小南がセンリの隣から少し不安そうな面持ちで訊ねる。
『もちろん、失敗する事もあるよ!話そうとしても、話を聞こうとしても全力で跳ね除けられちゃう時もあるし。全然聞いてくれない人もいるよ。インテツくんみたいにきちんと話し合ってくれる人の方が少ないかも』
「やっぱり……」
小南は哀しげに目を伏せるが、センリはその背中に優しく手のひらを乗せた。
『でも、私は自分の心は絶対に曲げない。絶対に諦めない。諦めるって事は、これから続く先の未来を手放すって事だ。“一回”をやめてしまったら、“次”は来ない。その“次”が“平和”になるかもしれないのに』
センリはいつものように小南の髪の毛をそっと撫でた。
『だって諦めなかったから、インテツくんは分かってくれたでしょう?百のうちに一つでも希望があるなら、私は諦めないよ。“未来”そのものであるあなた達が歩いていく道を、少しでも真っ直ぐに造りたいからね』
出会った当初よりずいぶんたくさんの物の見方を自来也とセンリから教わった三人は、今では少し難しい話でも自分なりの言葉に変えて解釈し、きちんと飲み込めるようになっていた。
「私、大きくなったら、センリ先生みたいに他の人の心に寄り添える人になりたいな」
小南の優しさは二年前から変わらず、それどころか広い視野で他人の声に耳を傾けられる精神へと成長していた。
「センリ先生がインテツさんと話した気持ち……少し、分かった気がします」
長門は謎が解けたような、晴れやかな表情をした。自分の力が抑えられず怯えていた長門はもういない。
そして意志の大きな変化を感じるのは弥彦だった。
「オレ……オレ、分かったかもしれない。平和のつくり方が!」
痛み分けに拘っていた憎しみに燃えた瞳の弥彦は、その色がすっかり消え、今までにないくらい嬉しそうな顔をしていた。
『本当?』
「おう!でも今はまだ秘密だ!」
「えーっ、どうして?」
小南がウズウズしながら問いかける。三人の未来が明るいものになる事を想像して自来也は無意識に口角を上げていた。
「もうちょっと修業して強くなったら小南と長門にも教えてやるよ!」
「ホントに?約束だよ?」
「小南、大丈夫だよ。弥彦はこう見えて意外と約束は守るんだから」
「確かにそうだのぅ。“意外と”な」
「……自来也先生にだけは言われたくないッス」
『ふふっ、大丈夫!二人とも“ちゃんと”約束は守る男の子だよね』
「(男の子……自来也先生が、男の子……)」
自来也は、ニヤニヤする弥彦のイヤな視線に気が付いたが、何も言わなかった。それが気にならなくなるくらい大切な事をセンリが言葉にしてくれたからだ。
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