木ノ葉隠れ創設編

-弥彦と小南と長門-


『自分達がいくら苦しくて大変だからといって、それが他者の尊厳を踏みにじってもいい理由にはならないよ。自分より圧倒的に弱い立場だと分かっているなら、尚更だ』

「偉そうに、説教かよ」

『説教じゃない。話をしているだけ』

「……ハア…やってられねーよ」


ついに男は匙を投げだすようにため息を吐いた。


『私は君と話が出来たから良かったと思うけど』


微笑みを浮かべる訳ではないが、嫌に穏やかに話すセンリを見て、岩隠れの忍は堪忍したように肩を竦めた。


『君がきちんと話を聞いてくれる人だって分かった。だからもうこんな事はしないで。君は強いんだから、その強さは、人を傷付ける為に使っちゃもったいないよ』

センリは住民の男に手を貸し、立ち上がらせる。その様子を岩隠れの忍はじっと見ていた。


『大丈夫?』

「え、ええ」


自来也も少し警戒し、すぐに動けるよう注視していた。岩隠れの忍は四人を振り返ったが、もう攻撃する気はないようだった。

センリが住民の持っていた杖を持たせてやる様子を、岩隠れの忍は少し眉をひそめながら見て呟いた。


「……噂通り、人助け癖があるみてーだな、あんた」

『そうかもね』


センリがほんの僅かに目を細めて微笑むと、岩隠れの忍は口を結び、神妙な表情をした。


『とにかく……人を脅して奪うんじゃなくて、何か欲しいものがあるならきちんと話が出来た方がずっとかっこいいよ。ほら、この人に謝って』

「……」


岩隠れの忍はムッとしたような顔をしてセンリを睨み付けた。流石に謝らないだろうな、と自来也は思った。

弥彦は男がどうするのか、センリと男とに視線をキョロキョロと移している。センリは視線を男から外さない。

男は数秒間、黙ったままセンリの目を見返していた。一瞬男は、金色の瞳に、吸い込まれそうな感覚に陥った。たくさんの睫毛に縁取られた目を見ていると、心の中の負の感情だけが吸い取られていくような、奇妙な感覚もした。

男は、ふとセンリから視線を外す。



『……』

「…………悪かったな、じいさん」


沈黙を破ったのは男の小さな呟きだった。弥彦と長門は驚いたように目を見開いた。小南は目を瞬いている。

センリは今度こそ口角を上げ、住民の背中をトントンと優しく叩いた。もう住民は震えてはいなかった。


『おじちゃん、ごめんね。怖がらせちゃったね』

「いえ、いえ……ありがとうございます」

『彼を許さなくてもいいけど…自分のした事を、きちんと謝った事だけは、受け止めてあげて』


岩隠れの忍は不機嫌そうにそっぽを向いていたが、住民の男性はすでに笑顔を取り戻し、快く頷いてくれた。


『この辺もちょっと心配だね……この村が見つからないよう結界を貼っておくから、しばらくはそれで様子を見てみて』

「そんな事が出来るのですか?ああ、有難いです…」


センリが集落によく使う共鏡の結界は、その名の通り周囲の景色を鏡写しにする事によって村がある事を隠す事のできる結界だ。特に小さな村や集落は、森や林に囲まれている事が多かったのでとても役に立った。


『よし、じゃあそこは解決したとして……あなた、お腹すいてるんでしょう?』


住民が落ち着いた事を確認し、センリが岩隠れの忍に問いかけるが、口をへの字に曲げ、しかめっ面のままだ。



『私達が釣り具を貸してあげる。一緒に魚を取って、食べよう』


センリの言葉に忍は怪訝そうな表情をしたが、長門も小南も驚いて固まった。


「エーッ、センリ先生、本気?」


空気を読む事に疎い弥彦は不満げに問いかけた。自来也ですら少し不安だった。


『本気本気!それに人が増えた方が、取れる魚も増えるでしょう!』


センリの偽りのない笑顔を見て自来也は苦笑し、小さくため息を吐いた。


『それに、彼はもう攻撃なんかしないよ。ね』


センリが岩隠れの男に笑みを向けると、男はじーっと見つめ返し、首が揺れるか揺れないか、分からないくらいの頷きを見せた。


『まっ、いーから着いてきて!あ、その前に結界を貼ってからね……』

「ありがとうございます…。お待ちください、今朝採ってきた山菜があります。持っていってください」

『ええっ、そんな、悪いよ!』

「いいのです。あなたが…助け合いという心を教えてくれた、せめてもののお礼です」


住民の男性はセンリの手を取り、心からそう思っているという感謝の表情を見せた。


「人は誰しも、間違うものです。特に、空腹は人を狂わせる……。彼らは、あなたのお仲間ですか?」


初老の男性は自来也達を見ながら問いかけた。


『うん、そうだよ』

「それならたくさん持ってきましょうね」

「ホントか!?」

「ええ。もちろんです。この辺りは雨もそこまで強くないのできのこも良いものがたくさん育つんですよ」



住民の男性は目を輝かせる弥彦にこやかに言うと、自分の家の扉を開け、なにやら奥の方でゴソゴソしだした。この間弥彦は小南に小突かれていた。

センリは岩隠れの忍を振り返り、そっと微笑んだ。


「……」

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