- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-重なり合う愛-


センリはマダラを押し返し、少しその体から離れ、顔を見上げる。夜空の明かりが仄明るくマダラを照らしていた。いつもは鋭い瞳が、自分への思いやりから切なげに細められていた。その瞳の奥には、しっかりと慈しみの色が見えた。


『マダラ……』


そうだ。そこにいるのはマダラだ。

インドラではなく、そしてカグヤでもなく、マダラだ。涙で歪んだ視界でも、月明かりのみの明るさの中だとしても、しっかりと分かる。


「センリ……お前は俺の心をいつでも受け止めてくれた。ずっと、俺がガキの時から。お前がいたから…お前が俺の弱さを受け止めてくれたから、俺は今ここにいる。俺だけじゃない。イズナの事も、うちはの奴らの事も…お前はいつでも真っ直ぐに受け止めてくれていた。
ガキの頃の俺には、それがどういう事なのか分からなかった…お前は訳のわからねぇ事ばかり言ってたからな……――だが、今なら少し分かる。お前が言っていた事の意味が」


マダラの目はセンリをしっかりと見つめていた。センリの瞳にはマダラが、そしてマダラの瞳の中にはセンリが、それぞれしっかりと写っていた。他のものは何も無い。二人だけだ。


「俺は…――――俺は、お前の心を、受け止めたいんだ」


マダラが強くそう言う。
涙はもう出ないと思ったのに、留まらずにセンリの頬を伝う。ひく、とセンリの喉が鳴った。

はじめて人にそんな事を言われたのだ。今まで一人で溜め込んでいた。誰かに言ったら重荷になりそうで。マダラに言ったら、突き放されてしまいそうで。大切な人だからこそ…。


「お前の心を…お前の心にある、弱さも悲しみも苦しさも全部、俺は、受け取りたいんだ」


しかし今目の前にいる大切な人は、それを望んでいない。隣で歩きたいと願ったのは自分なのに。今度は離れないと思ったのは自分の方なのに。


「俺じゃ、ダメか?」


センリはマダラの袖を掴み、ギュッと力を入れて覚悟を決めたように首を横に振った。そしてマダラをしかと見つめる。絶対に、目を逸らしたくなかった。どんな結果になろうとも。



『わたしっ……私、マダラの側にいたいの』



その声は小さく、震えていたが、マダラの頭の中に直接響くように凛した音で聞こえてきた。予想していなかった言葉に、マダラは少したじろぎ、センリを見る。


『マダラと、ずっと一緒にいたい…!友だちも家族も、辛い目に合わせてしまったのに……気づかなかったのに………でも、それでもマダラと一緒にいたいの…マダラの側にいたいっ………あ、あなたに…どこにも、行ってほしくない…!』


センリが涙を流し懇願する。見たことのない、あまりにも切ない表情にマダラは胸を締め付けられる。心臓が鷲掴みにされたようにぎゅう、と。


『わたしは光の巫女なんかじゃない……女神なんかじゃ、ない…わがままな、人間なんだよ……マダラにどこにも行って欲しくないと、お、思ってる…。家族を、救えなかっ、たのに……戦をしている時だって…悲しんでるのは、わたしだけじゃない。それなのに……今日もマダラが、か、帰ってきてくれた、って、そう思っ…――』


美しい涙が次々とセンリの頬を伝って落ちる。しゃっくりあげながら、必死に言葉を伝えるセンリの表情は痛々しい。

途切れ途切れの言葉に、嗚咽が混じって掠れて、聞き取るに堪えない声だろうと、センリは思った。肺が苦しい。息継ぎも会話も成り立たなくなって、たくさんの涙と悲しみと、正しくない呼吸ばかりが夜空に散らばっていく。


『あなたをなくしたくないっ………失いたくない…!ひとりにしないで、置いていかないで、マダラ……!一緒にいたいの……いかないで…お願い……』


先程の夢が鮮明に思い出されて、マダラがどこかに行ってしまうような錯覚に陥りセンリは必死だった。


『側にいて……』


何とか絞り出した、小さな声だ。
マダラは、この時初めてセンリの心からの本当の叫びを聞いた気がした。センリはこんなにも自分のことを…―。
予想外のセンリの言葉に、驚いたのは確かだった。だがそれよりもセンリへの思いが、今や苦しくなる程にマダラの中で大きくなっていた。ぽろぽろと涙を流す姿に、胸の締め付けが痛いほど苦しさを増した。


「馬鹿野郎、お前を置いていくわけないだろ!お前を一人になんかするもんか。俺は、ずっとお前の側にいるさ。お前がなんて言おうと、誰がなんて言おうと、絶対にいなくなったりはしない。大丈夫だ……何も心配する事は無い…」


マダラの心は切なさに張り裂けそうになる。センリは自分をわがままだと言うが、それでも、センリの願いはどこまでも澄んでいた。

マダラはまるで弱々しい、今にも儚げに壊れてしまいそうなセンリを再び抱き締める。冬の空気は染みるほど冷たいはずなのに、触れ合うセンリの体はこんなにも温かい。


『ぅっ…………マダラ……』


今度はセンリもマダラの首に手を回し離れないようにしっかりと抱き締める。

マダラの体温が、ひどく安心した。その言葉も、心臓の音も、センリを優しく包み込んでくれるような気がした。胸につかえていた思いが解れて解けて、外へと溶け出して、それをマダラは真っ直ぐに受け止めてくれた気がした。


二人、体を寄せ合ってお互いの心臓の鼓動を感じていると、昂った気持ちがどんどん落ち着いてくる。


鼻の奥のツンとした感覚もなくなって、心がジーンと温かくなって、ぐずぐずと鼻を鳴らしていたセンリの嗚咽も収まってくる。


マダラはここにいる。

自分の腕の中にいる。

温かなぬくもりを感じる。

その存在を実感すると、驚くくらいの安心感がセンリの心を満たしていった。

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