木ノ葉隠れ創設編
-重なり合う愛-
「センリ…」
センリは目を向けるが、溢れ出る自分の涙でぼやけて姿は見えない。だが、聞き慣れた声で、それが誰なのかはすぐに分かった。
『…っ…マ、マダラ…』
川辺にマダラが立っていた。
センリを追いかけてきたのか、寝間着のままだ。センリは咄嗟に腕でゴシゴシと目をこする。
『ど、どうしたの?そんな、薄着で…』
センリがマダラに向かって無理矢理微笑む。センリは自分が泣いていることを隠したかったが、夜空の下でも分かるくらい、その笑顔は痛々しいものだ。
『ご、ごめん。起こしちゃった?か、風邪、ひくよ?はっ…早く戻らないと…――』
マダラはセンリの泣き腫らした顔を見て、眉を寄せる。こんな時にも人の心配だ。
マダラは何も言わずにセンリに近づいた。マダラの足がピチャンと川の水を弾く。
「どうして…」
マダラはセンリの前に行き、自分も膝をつきしゃがみ込む。
「どうして、泣いてる?」
マダラが、辛そうな面持ちでセンリを見る。見てる方が泣きたくなってしまうほどに頬を涙で濡らしているセンリは、それでも尚笑おうとした。
『い、いやっ……ちがっ―――マ、ダラ…あのね、ちがうの、』
しゃっくりあげるセンリは言葉もままならない様子だが、何とかマダラに心配をかけまいと必死だった。
マダラは、いつも笑っているセンリの、こんなにも痛々しく、悲しみに暮れる姿を見たのは初めてだった。いつだってバカみたいに笑みを浮かべるセンリの、こんなにも弱々しい姿を見る事が、本当に初めてだったのだ。
今センリは泣き腫らした目で、涙をこらえ、それを必死に隠そうとしている。唇を震わせ、見ればすぐに泣いていることくらいわかるのに。悩んで、苦しんでいるのに。それでも尚。
いつもそうだ。センリの寂しげな表情は一瞬で消える。こんなに声は震え、なんとも儚げなのに。
腹立たしいほどの胸の苦しみがマダラを襲った。腹の奥が内側から引き裂かれているようだった。
「センリ…」
マダラはどうしたら良いのか分からなくなり、センリの体を抱き寄せた。強く、強く。
センリは体を強く抱き締めるその腕に、驚いて目を見開いた。そして自分の名を呼ぶ、苦しくなるくらいのその声をすぐ耳元で聞いて、止めようとしていた涙が再び溢れ出た。悲しみはいつの間にか、センリの心の中目一杯まで溢れてしまっていたのだ。
『…っ……』
堪えきれずセンリの吐息が漏れる。鼻を啜る音がマダラのすぐ近くで聞こえた。
マダラは、自身の胸を突き刺す痛みに、顔を顰めていた。苦しかった。今度は心臓が、まるでいくつもの小さな針でチクチクと刺されているような、言いようのない痛みだ。だがそれ以上に、センリの痛みが胸をついた。
抱き締めるセンリの体は小さくて、こんな体で自分には計り知れないたくさんの何かを背負って、一人でこうして泣いていたのかと思うと、やり切れなかった。
「なぜお前は隠そうとするんだ?どうして俺を頼らない…!」
マダラは悔しくて唇を噛む。
センリを守りたい。センリの心に寄り添いたい。この時ほど強く思ったことは無かった。
ずっと、センリは強いと思っていた。そう思い込みすぎていた。センリもちゃんと、悲しみを持つ人間だったのだ。
ただ、一人の。
「悲しみは分け合うんだろう?辛いのは二人で半分にするんだろ?昔、お前が俺に言ったことだろう…!」
マダラの悲痛な言葉に、センリの堪えていた感情が次々と解け出した気がした。頭にも熱が上り、喉の奥が熱い。それを言葉にしようとして口を開くのに、か細い声しか出なかった。
『わ、わたし……――』
センリはたどたどしく言葉を発する。小さな声だったがらマダラにはハッキリと聞こえた。それ以上マダラは急かさず、センリの次の言葉を待った。
センリは川の上で握っていた拳を解き、息が止まりそうな程強く自分を抱きしめるマダラの服の袖を掴む。
センリの頭の中を、グルグルと夢の中での出来事が駆け巡る。
カグヤは自分を封印し、裏切った事を恨んでいるだろうか。何も分かっていなかったのは自分だった。
インドラは自分の前からいなくなってから、恨んでいただろうか。何も気付かなかった自分を、恨んでいたのだろうか。そうやって一人で死んでいったのだろうか。
どうしたら良かったのだろうか。自分自身が不甲斐なくて、センリは唇をこれでもかという程強く噛み締めていた。
自分の家族は、思い出せない事を責めるだろうか。
自分だけこの世界で生きていることを、やっぱり許してくれないだろうか。
『なにも……してあげられなかっ、たっ…』
センリが声を絞り出す。マダラはこれほどまでに辛そうで沈痛なセンリの声も、聞いたことがなかった。
『友だち…だったのに……家族だったのにっ………わたしがき、気づかなかったから……だから、……だからっ…』
マダラには詳細は分からなかったが、センリの過去に、なにかとても辛いことがあったことだけは理解出来た。あまり自分の過去を詳しく話さないセンリだったが、触れ合っているところから、まるでセンリの悲痛な叫びがそのまま肌を通じて伝わってくるようだった。
マダラは感じ取っていた。その事でセンリが、ひどく自分を責めていることも。
マダラは優しくセンリの後頭部を撫でる。サラサラとした髪が、冬の夜風で凍るほどにとても冷たかった。
「センリのせいじゃない」
マダラはセンリの震える声を耳元で聞きながら、胸が抉られるようだった。
どうしてだか、それは絶対にセンリのせいではないと…そう心から思った。そしてなぜか、マダラはそれが自分のせいのような、まるで自分自身に罪悪感を感じているような、奇妙な感覚に陥った。
しかしそれよりも今は、自分に初めて弱音を吐いてくれたセンリの、その気持ちを、声を、心を、全て受け止めてやりたかった。
「全部吐き出せばいい。俺が…全部受け止める」
そしてマダラはセンリを、この脆いセンリの気持ちも、弱音も、悲しみも、全てを受け止めたいと思った。それが自分がセンリを守るという事だと…心からそう思った。
いつになく真剣なマダラの声は、センリの記憶を思い起こさせた。
『(私は、インドラの心を、カグヤの心を、受け止められなかったんだ。それなのに……――)』
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