- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-重なり合う愛-


『…!…』

センリがバッと目を開くと、目の前には薄暗い天井が見えた。呼吸が荒い。息がしづらい。はあはあという息遣いが嫌に大きく聞こえる。深海にでも沈んでいた気分だ。深く息を吸いこんでどうにか整える。頭はズキズキ痛み、不快な耳鳴りがした。


『……』


心臓がおかしなくらい速く脈打っている。まるでたった今体験したかのように脳裏に鮮明に映る情景を思い出し、センリの手が震えていた。

センリは静かな暗い空間で、マダラを起こさないようゆっくりと呼吸を整える。


『(……っ)』


センリは拳を瞼に当てる。
嫌な夢を見た。頭痛がする。

…大丈夫だ、自分の左側にはちゃんとマダラがいる。小さく寝息をたてて、深く眠っているようだ。安堵からか、センリの口から長いため息が漏れた。


『(…頭、いたい……)』


センリの心臓はまだドクドクと脈打っていた。その鼓動がそっくりそのまま頭に流れ込んでいるようだ。鼻の奥がツンとしてきて、強く閉じた瞼の裏がじーんと熱くなっていくのが分かった。こんな所で涙を流すわけにはいかない。

センリは静かに起き上がり、マダラを起こさないように気配を殺して部屋を出た。凍てついた、寒い外の空気が吸いたかった。


「………」

――――――――――――


センリは家を出て、いつもの川原まで来ていた。

まだ真夜中なのだろう、頭上で真ん丸に近い大きな月と星たちが明るく夜を照らしている。


『………』

冬の突き刺さるような夜風を気にもとめず、センリは途中小石につまずきながらも川の真ん中まで来ると、力無く膝を付き座り込んだ。チャクラのお陰で濡れはしないものの、水の上はそれはそれは冷たかった。

『…うっ……』


同時にセンリの両目から止めどなく涙が溢れ出る。最初の涙の一滴が流れ出てしまえばあとはもう止められなかった。自身のすぐ下に流れる川の水のようにどんどんと溢れる涙を、センリは止めることが出来なかった。


『……うぅっ…』


センリは川の上に手をつく。大粒の涙は全て川の水の上に落ち、ポチャ…と静かな音をたてる。啜り泣きが嗚咽に変わって行く。

目と鼻の奥が熱くて、グチャグチャに混ざりあった感情をどうすることも出来なくて。それらが全て涙となって滴っていく。こんなにも胸が熱くて苦しくてどうしようもない気持ちになった事は無かった。視界が水浸しだった。


『…カグヤ…インドラ…』


夢で見たインドラは、ずっと悲しそうな目をしていた。いつも勝気だったはずなのに。それなのに今思い出すとインドラはいつでも寂しがっていた。まるで縋るような瞳をしていた。あのカグヤでさえも。変わった事に、気付いてさえいれば。


『(そうだ……私は…――気付けなかったんだ……)』


センリは強く拳を握りしめる。冷たい感覚が手を包むが、そんな事はセンリにはどうでもいいくらいだった。自分自身の夢に、自分自身がどれだけ無力だったのかを、気付かされた。


悔しくて悔しくてたまらなかった。
カグヤにしろインドラにしろ、一番近くで見ていたのに、何も出来なかった。何も気づけなかった。

いつも側にいるからなどと言って、それなのに本当の心には、気付もしなかったじゃないか。

自分は何も、掴めなかったのだ。

伸ばした手の先はいつも何も無い。いなくなった後なのだ。


『カグヤ……イ、ンドラ……ごめん………ごめんね…うう……うっ』


センリは嗚咽を抑え、その名前を呼ぶ。今はもう、自分の前には姿を現すことのないその名前を。寒さが体ではなく、自責の心に突き刺さった。

真珠のような大きな涙が自分の手に落ちてくる。


『(恨んでる、よね………に、憎んでるよね………自分だけ生きて………何も知らずに…大切な人の側で……生き続けて……)』


嗚咽で震える声を絞り出さなければ呼吸が出来なかった。心が潰れてしまいそうだった。



『………!…』


ふとその時、涙が川に落ちる音でも、自分の嗚咽でもない音が聞こえた。それは、川辺の石ころを踏む音だ。

センリはハッとして顔を上げる。

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