木ノ葉隠れ創設編
-失ったものと続く未来-
恋人と弟の死に打ちひしがれた綱手が旅に出てしまった後、ミトは里の山奥の屋敷に隠居した。
千手一族は今回の戦争で亡くなった者が多くいた。元よりあまり戦いに積極的ではなかったため、生き残った者達も第一線から退き、忍を降りたり、里から去っていく姿もいくつか見られた。
戦時中は木ノ葉の忍を警備任務につかせていたので、襲撃や連れ去り等の事件はあまり起こらなかったが、ミトの父が老衰で死去してから渦潮隠れの政治は殆ど機能しなくなっていた事もあり、数少ないうずまき一族の人間は、里を出て各地に散っていった。
木ノ葉隠れに引っ越した者が多かったが、当てがある者はその他の国に散らばり、渦潮隠れに残っている者は今や少数だった。
失ったものが、多かった。
戦争が終わり、新しい時代を迎えるには、失ったものが多くあった。
――――――――――――
火影岩が彫られた崖の上から見る景色はいつか見た風景とはまるで違うものだった。
「綱手は、出たのか」
『うん。今日の朝早くに』
マダラは隣に立つセンリの言葉に「そうか」と静かに返した。
「……何か、言われたか?」
何年も共にいるマダラには、いつものセンリの表情から哀しみの色を見分ける事は容易だった。
『………』
センリは困ったような表情を浮かべ、マダラの目を見返した。
「お前が悪い訳ではない」
マダラの口調はいつものように、優しいものだった。自分の心の悲しみを受け取ってくれる、とても優しい声だ。
『……マダラは、目の前で私が死んだら、どうする?』
センリは静かに問いかける。マダラは表情を変えず、少しの間考えた。
「……―――そんな事、考えたくもない」
マダラの出したきっぱりとした結論に、センリはほんの僅かに微笑みを見せた。
『綱手を止める事は、私には出来ない。元気付けてあげようだなんて……思えない。だから………私はこの里で、あの子が帰ってくるのを待ってるよ』
「センリ……」
綱手がセンリを撥ねつけた事くらいマダラには分かっていたが、それでもやはりセンリはセンリのままだった。自信に向けられた憎しみにさえ変わらず愛情を返そうとするセンリが愛おしく、マダラはその頬をそっと撫でた。
『ありがとう、マダラ』
その手の温もりが、自分の心を受け止めてくれたと分かっていたセンリは、穏やかに礼を言った。
時代が変わる事にここから里を眺めて来たが、見る度にどんどんと変わっていく里の様子は確かに時の流れを感じさせた。目には見えずとも、きっとそれは先の夢に繋がっているのだろう。
『ヒルゼンとビワコちゃんの二人目の赤ちゃんも、無事に産まれたんだってね』
「そうだな」
柔らかな風がセンリの美しい髪をさらう。マダラが指を絡めると、それは絹糸のように指の間をすり抜けて行った。
『名前はアスマくんだって』
「……そうか」
いくら時代が変わろうとも、新しい世代が追い越していこうとも、絶対に変わらないものがひとつあった。
『この里を守るのは、無駄な事じゃない。みんなが、本当の意味での平和を知るために……私達が信じて、繰り返して、伝えていく事も…絶対に意味がある』
誰に言うでもなく囁いたセンリの声が風の中に消えて行った。
「当たり前だ」
初夏の風に乗って運ばれてきた一つの青々とした葉をマダラが掴み取る。いつの日か柱間と共に掴み取った葉は、月日が流れても何度でも何度でも、マダラの手の中に舞い戻った。
「簡単に手にしたものは、簡単に使う。そして簡単に捨てる。だが……苦労して手に入れたものは、大切にしようと思う……――――お前が言いたいのは、そういう事だろう?」
マダラは掴まえた葉を目の前にかざし、そしてふっとその指を離した。葉はクルクルと風に乗って木ノ葉の里に舞い降りて見えなくなった。
センリはその姿を、目を瞬かせながら見つめた。マダラの目は優しく、そして真剣だった。
いつかの、ハゴロモ達と過ごした毎日を、そして彼が言っていた言葉を、センリは思い出した。マダラの姿を見ていると今では、インドラと重なりを見せるより、ハゴロモの思想と言葉を思い起こさせた。
「どれだけ忍達が死のうとも、誰かが勝手に諦めようとも……この里を守る事こそが人を育て、他者と他者とを結び付かせ、そしていつか大きな平和に繋がっていくと俺は信じている。お前が、そして柱間が、イズナが……俺に教えたことだ」
センリは眉を下げて笑い、マダラを見上げる。清々しい、凛とした表情だった。
「どんなに時代が変化しようと、俺達は絶対に変わらない。この先もこの里を守り続ける。俺の友と弟が、そうしたように…。柱間の為にも、お前の為にも、この里の未来の為にも…俺自身の為にも」
『……うん、そうだね』
センリは頷いて、マダラの右手をそっと握った。大きな手に包まれて、ぎゅっと握り返される。
『私達の大切な人が見たかった景色は、私達が必ず見ていこう。ずっと』
マダラの目が優しく細められた。繋いだ手から伝わる温度は、昔からずっと変わらない、安心する温もりだった。
揺れ動く世界と変わりゆく時代の中で、その存在は変わる事のない、確かなものだった。
残酷さと無念さとを全て引っ張り出してきたかのような忍世界の中だとしても、そこに必ず希望はある。
生きねばならない理由が、そこにあった。
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