- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-失ったものと続く未来-


綱手が里を出て旅に出ようと正門に立っていたのはそれから数日後の事だった。


朝日が顔を出して間もない、薄暗い早朝。荷物を整え、門を出る前に一度里を振り返る。



『…綱手!』

「…!」


センリが息せき切って現れた。センリには旅に出る事を伝えていなかったので、綱手は驚いて目を見開く。


『これ、忘れてるよ』


数日前の事があり、なんて言ったら良いか分からなかったが、センリはいつもと変わらず明るく話し掛けて手の拳を差し出す。綱手がその拳の下に手のひらを出すと、そこに見覚えのある水晶がついた首飾りが落ちた。


「これ……」

『柱間の首飾り。大事なものでしょ?』


綱手がセンリの顔を見下ろすとその表情がふわりと微笑んだ。

祖父の事を名前で呼ぶ、数少ない人間。


その時綱手は数日前にセンリに言った事を思い出し、突然後悔した。


「……センリ…」


しかし、あんな事を言った手前、気まずさが勝ってしまい綱手は口ごもった。


『綱手』


どうしたらいいのか分からなくなっているとセンリの声が聞こえて我に返る。センリは笑っていた。


『疲れたら、帰ってきてね。ここはいつでも綱手の帰る場所だから。いつでも待ってるから………さ、いってらっしゃい』


なぜ旅に出るのか。なぜ里で暮らさないのか。なぜ何も言わずに旅発とうとしているのか。

全ての疑問をセンリは一切口にせず、綱手を送り出す言葉だけを優しく吐いた。


綱手は曖昧な表情で、一度だけ小さく頷き背を向け、里の外へと歩みを進めた。

振り返らなかった。


どんな顔をして、どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。



「(センリ……私は、この里にはもう………)」


血が出そうになる程グッと強く唇を噛み締めて、綱手はどんどん里から遠ざかっていった。悲しい空気を攫っていくように、あたたかな風がセンリの周りで踊っていた。



『綱手……』


センリが小さく呟く頃にはもう、綱手の背中が見えなくなっていた。

柱間に甘やかされ、浅葱に叱られ、そして自分の冗談に小さな体で目いっぱいに笑う幼い綱手が脳裏に過ぎり、センリは一瞬目頭が熱くなっていた。




「行っちまいましたか」


ふと現れた自来也の声に、センリは真っ直ぐ前を見つめながらゆっくり頷いた。



「……あの、最後の戦いで、ですか」

『そうだね…』


恋人を助けられず、目の前で失った戦いが終戦への最後の一歩だなどとは悲しすぎる。色々な感情が自来也の中で渦巻いていたが、結局綱手にかける言葉は、最後まで見つからなかった。


『(側にいれば……助けられたかもしれないのに)』


完全に顔を出した朝日の光を浴びながら、センリはずっと向こうの道の先を見つめた。


「ワシがあの子らに修業をつけるという選択をしたのは、ちと失敗でしたかのォ」


センリは視線を自来也へと移した。自来也は、悲しげな微笑みを浮かべていた。幼い頃から綱手に思いを寄せている自来也の事だ、きっと同じ事を思っているだろうとセンリは理解した。



『そんな事ないよ』


自来也の罪悪感と後悔が少しでも薄くなるようにと、センリは優しく答えた。


『自分の事を責めないでね、自来也。私は、私達がした事は間違いではないと思ってるよ。それに……――――』

センリは自身の髪を攫っていく心地よい風を受けながら、穏やかに言った。


『綱手はきっと、この里に帰ってきてくれる。綱手の悲しみを取ってあげられるのは、今は、時間だけだと思う。でもね…自来也も知ってると思うけど、あの子はとても強い子だから。心がね』



センリは自身の胸を指さした。センリはいつか必ず、綱手は帰ってくると信じていた。

凛としたセンリの真っ直ぐな瞳を見て、自来也は一度目を見張ったが、すぐに深く頷く。


「そうですな。ワシも、そう思います」


後悔してばかりはいられない。
自来也は今一度塀の外を眺め、自分の中の感情にそっと踏ん切りをつけた。




[ 229/230 ]

[← ] [ →]

back