- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-扉間とイズナの最期-


これから死ぬというのに、オレの体は光に包まれたようにあたたかかった。

センリはオレの心臓を少しでも長く動かそうと必死だった。あたたかい、センリのチャクラが心臓を覆うと、不思議と身体の痛みがなくなっていった。

もう死ぬという事は誰が見ても分かるだろうに、それでもやはりセンリはセンリだった。


「火影、を……サル、に……託した…」


自分でも小さな声だと思ったが、センリもマダラも聞き取れたようだ。


「そうだろうと思っていた」

『分かった。大丈夫だよ、その事は心配しないで』


二人の力強い言葉に安堵を覚えて、オレは目線だけを隣のイズナに、移した。


「すま、ない………イズ、ナを……死なせて、しまっ…た…」


申し訳ない後悔の気持ちを抑えられなかった。センリは瞳を揺らしてフルフルと首を横に振った。


『扉間くんのせいじゃないよ。イズナはイズナの意志で、選んだんだよ』


センリには何もかもが分かっていた。


「これで……二度目か………」


イズナを殺したのは。
そう続けようとして言葉を止めた。マダラが怒ったようにオレとイズナの間に膝をついてこちらを見下ろしていた。


「何を言っている、お前らしくもない…!」


マダラが何故怒っているのかは分からなかったが、ただこの時オレは確かに柄にもなく感情を抑える事が出来なかった。


「忍が……死に際に、こう言うのは……みっともない……か…」


自虐的に笑おうとしたが、顔の筋肉が上手く動かなかった。センリの左手がオレの手に触れて、強く握り締められたのが分かった。


『今ここにいるのは、千手扉間だから。忍じゃなくて、一人の人間だから。だから大丈夫』


優しい、言葉だった。
センリはオレに忍としてではなく、一人の人間として話せと言っていた。

自分でもおかしい事だとは思った。だが、今なら何を言っても許される気がしていた。

途切れそうになる意識を何とか留めて、オレはセンリとマダラを見上げた。



「…イズナは……オレ、を……許して…くれた、だろ…うか……」


視界の隅でマダラが身じろぐのが分かった。横たわるイズナの横顔は、穏やかだった。オレは最後まで共に戦ってくれていた側近の姿を思い出した。イズナは死ぬ直前まで、弱味を見せなかった。


不思議な気分だった。

かつての、敵と肩を並べて、共に戦った。


イズナの心臓に相手の刀が深く突き刺さった時、オレは確かに怒りを覚えた。それと同時に、自分が情けなかった。目の前でイズナが殺された事が、悔しくて悔しくて、堪らなかった。

何十年も前、弟達が殺された時と同じように強い怒りを感じていた。

サル達を逃がす為の時間は十分とれたと判断したオレは、咄嗟にイズナを背に乗せていた。自分も限界が近かったが、イズナを木ノ葉まで連れ帰らねばと思った。その意思だけでここまで走っていた。


イズナを死なせてしまった事への罪悪感、道連れにしてしまった負い目……イズナの遺体を見なければならないセンリとマダラの鎮痛さが痛い程分かって胸を突いた。傷の痛みはどうでもよかった。オレは気力だけで木ノ葉に向かっていた。


様々な感情が入り混じって頭が上手く回らなかったが、オレの手を握るセンリの小さな手に力がこもって、我に返った。


『馬鹿だなあ、扉間くんは。イズナは、とっくに許してるよ』


センリの口からそれを聞いて、オレは安堵していた。三十五年前、その時のセンリとの会話がまだオレの頭の片隅にあったからだ。

オレはその言葉を聞いてやっと、自分自身を許す事が出来た気がしていた。


「オレを……許、して…くれる……か…」


自分でも何を言っているのだろうとは思った。だが言葉が勝手に転がり出て止まらなかった。


『当たり前だよ!私だってマダラだって、扉間くんを恨んでなんかいないんだから』


センリは真剣な表情で言い放つ。


「そうだ。お前など、憎む価値もない」


マダラの言葉が妙に嬉しかった。笑いが込み上げて、出来るだけ口角を上げた。


『扉間くんにはいっぱいありがとうを言わなきゃならない。イズナはあなたと過ごす毎日が、本当に好きだったと思うよ』


昼下がりのあたたかい風が頬を掠めて気持ちが良かった。


「お前の事など誰も恨んじゃいない。うちはの者も、他の者も」


最後と分かっているからか、マダラの口調は今までで聞いた事が無いくらい柔らかかった。その言葉が嘘だとしても、何故だか嬉しかった。



「……お前とはもう少し早く……話していれば、良かったな………」


マダラと二人きりで話していた空間が、思いの他ずっと心地良かった事を思い出し、オレは少し後悔していた。


「……私的な感情ばかりではないか。やはりお前とは、馬が合わん」


オレが考えていた言葉をそっくりそのまま投げかけたマダラが、少し可笑しかった。突き付けられた拒否の言葉さえ、安堵を感じる為の要因になっている事が、やはり可笑しかった。



「お前はよくやった、扉間」

「……!……」



耳が聞こえにくくなっていたので、一瞬聞き間違いかと思ったが、これは確実にマダラの声だ。マダラの声には偽りが無く、そしてひどく柔らかなものだった。

そしてその声は、聞き覚えのあるものだった。特に幼かった頃のオレが、よく聞いていた言葉だ。



「よくやったぞ、扉間!」



その言葉が、どうしようもなく嬉しくて、この何十年もの間、そんな事はなかったのに、自分の目からあたたかい何かが溢れ出るのが分かった。

一体何が涙の理由なのかは、分からなかった。本当に、私的な感情だらけだ。

だが、これっぽっちも、情けないとは思わなかった。



「お前、達が……いて…くれて……よかっ、た」


心からそう思った。

今までで里長を続けて来られたのも、数々の助けがあったからだった。マダラが兄者を支え、うちはをいい方向に導き、センリはいつでも皆の行く道を照らしてくれていた。不確定な関係だったかもしれないが、友も出来た。



『扉間くん、今までよく頑張ったね』



ああ。


オレが、聞きたかった言葉だった。


その声が聞こえて、オレはついに死ぬかと確信した。センリの声が上手く耳に入ってこなくなっていた。


『偉いね。よく、戦ったね』


センリの声はもうただの音に聞こえていたが、その音色が、どうしようもなく心地よかった。



センリは泣いていた。

美しい涙が一筋、その頬を伝っていくのが見える。オレの為に、泣いてくれている。それがひどく嬉しかった。



「あり……がとう……」



センリがいつも遺体にかける言葉を、オレは何とか絞り出した。

呼吸がしずらくなってきた。しかし苦しくはなかった。センリがいつものように、微笑んだからでもあったし、最後に礼が言えた安心感からでもあった。


オレを認めてくれてありがとう。

兄者を支えてくれてありがとう。

里の為に尽くしてくれてありがとう。

諦めずにいてくれてありがとう。

イズナを託してくれてありがとう。


オレを許してくれて、ありがとう。


センリが礼を口にする訳が少しわかった気がした。感謝の気持ちが溢れて止まらなかった。


『うん……うん…』


センリが、何度も大きく頷く。
マダラが唇を噛み締めて、珍しく悲痛な表情をしていた。それが妙におかしかった。


友に看取られて逝くなんて、なんという幸福者か。


戦争で孤独に死んでいった忍達に申し訳なかった。あの世で兄者に怒られるかもしれない。



「これ……からも……里……を…」


自分の心臓が動かなくなっていくのが分かる。

センリはオレの右手をとってイズナの左手と重ね合わせた。そしてその上からセンリのあたたかい手の温もりを感じた。


『うん、安心して。大丈夫だからね』

「お前の意志は、必ず後の者達が引き継いで行くだろう」


視界が歪んでぼやけて、センリとマダラの姿が見えなくなったが、あたたかい温度だけは感じていた。



どこか遠くの方から、声が聞こえた。



「扉間兄者!」

「扉間兄者、お疲れ様」

「扉間」




懐かしい、兄弟の声だ。

…もうすぐオレもそっちに、逝く。少し待っていてくれ。


オレは最期の力を振り絞って何とか声を出した。



「センリ………オレは………ずっと…お前、が……――」



その先は言葉に出来なかった。背中の方からじわじわと、あたたかい漣に呑まれるような感覚がゆるやかに迫っているのが分かった。その感覚に身体を預ければ、あとはもう、白い空間だけになった。



「扉間兄者!はやく、色んな話を聞かせて!」

「ボク達がいない間の事、ぜんぶだよ。ずーっと待ってたんだから」

「扉間、こっちぞ!」





ああ、分かっている。



それなら…どこから話そうか。


そうだな、戦国時代が終わって里をつくった事は……兄者から聞いただろうからな。

それからの事……里が出来てからの話か。まさかこのオレが兄者の跡を継いで二代目火影になるなんてなあ



たくさんありすぎて、一日ではきかないかもしれん


まずは……そうだな……



絶対に叶う事のない愛の話と、憎しみから始まった友情の話でもしようか


お前達には…少し難しいかもしれんが……


聞いてくれるか…………それから………


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