- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-千年前の予言-


自来也が旅に出てからも綱手や大蛇丸との交流は変わらずだった。

大蛇丸はこの頃口調が変わり、以前の口数が少ない雰囲気とは少し違ってきていた。変化に驚きつつもセンリはこれまでと同じように接していた。


千手桃華と大蛇丸の両親の命日は同じで、その日の昼にセンリが霊園を訪れるそこにはきまって大蛇丸の姿があった。


「センリ様は昔から変わりませんね」


センリが大蛇丸を見上げる。大蛇丸は忍にしては背は高くない方だったがそれにしてもセンリにしたら見上げなければならない程だ。

センリは蛇のような瞳孔を見てふと思い出した事があり、胸の内側のポケットからがま口状の小さな財布を取り出した。多くない金額の紙幣がしまわれていたがセンリはそこから一つの透明な小さめの袋を取り出す。


「…そんなもの、まだ持っていたのですか?」


センリが取り出したのはいつの日か同じ場所で大蛇丸に貰った白蛇の脱皮した後の皮だった。


『当たり前だよ!大蛇丸くんがくれたものだし、金運も上がるっていうからお財布にいれてるんだ』

事も無げにセンリは言ったが大蛇丸は内心驚いていた。もちろん自分がそれをセンリに渡した事は記憶にあるがそれも四、五年前のことだ。それから変わらずにセンリがそれを持ち歩いている事に動揺もしていた。


「…センリ様は、昔からお優しい」


驚きはしたが、大蛇丸はそれが少し嬉しくもあった。大した事のない他愛もない出来事だったとしてもセンリは必ずそれを覚えていてくれる。

自分と最初にあった日の事も、センリは今でも鮮明に覚えていて、何故かそれが嬉しかった。自分の存在を肯定して貰っているような満足感があった。


『優しいのは大蛇丸くんもでしょ?』

「私は優しくなどありませんよ」


センリが大真面目に言うので大蛇丸は眉を下げて返した。しかしセンリは真面目な顔のままだ。


『そんな事ないよ。こうして毎年お父さんとお母さんの事を思ってお墓参りに来てるじゃない。それってすごく優しいよ。大蛇丸くんが忘れずに覚えていてくれて、きっと二人も安心してるね』

「そんな、事…」


そんな事は無いと否定しようとしたがセンリの花の咲いたような笑顔に何も言えなくなってしまった。センリは優しげに目を細めて大蛇丸の両親の墓の前に手をかざす。そこに現れたのは白蘭で太陽の光で白さが輝いていた。


「センリ様はいつもこの花を供えていますけど、何か意味があるのですか?」


しゃがみ込んだセンリはふっと大蛇丸を見上げて振り返る。その表情はどこか儚げにも見えて大蛇丸は咄嗟に白蘭に視線を移した。センリも同じように白蘭に目を向けた。

センリは故人に花を手向ける時は白蘭を使用していた。大蛇丸は知らないが、前の戦争の時に救えなかった他里の忍に手向けたのもいつも白蘭だった。


『花言葉があるの』


センリの声はいつもより静かだった。


「花言葉…どんな言葉なのですか?」


大蛇丸が問い掛けるとセンリは立ち上がり落ちてきた長い髪を耳にかける。長く多くの睫毛がふと動いてセンリの目の下に影を作った。


『“あなたを忘れない”』


単純に、美しいと思った。
センリの憂いを帯びた横顔が美麗で、何かの術にかけられたように大蛇丸はその目が離せなかった。

普段から笑みを絶やさないセンリも、こうしているとまるで彫刻のように整いすぎていてそれはむしろ触れたら壊れてしまいそうな儚さにも思えた。


『忘れられるのは、悲しいことだと思う。安らかに亡くなる人は少ないし、それが忍だったら、特に。望んで死んでいった人なんていない。その人の苦しみは私には分からない。だからこそ私は覚えておきたい。その人が生きていた事、日々を共にしたこと、一緒に笑ったこと。絶対に忘れない』


センリの瞳は遥か遠くの空のその先を見ていた。

まるで清々しい、一切の淀みのない思想だった。次に大蛇丸を見るセンリの表情は普段のもので、先程までの儚さはもうどこかに飛んでいってしまった。


「…センリ様にそう思ってもらえる忍達は、幸せですね」


大蛇丸の言葉にセンリは曖昧に笑った。
センリには死んでいった仲間達が幸せかどうかは分からなかったが、大蛇丸がそう言ってくれた事は嬉しかった。


『みんなが成仏できるようにちゃんと生きていかないとね!』



強い人だと思った。

何のためらいもなく綺麗事を口にするというのは思っているよりも難しい事だ。汚れを知らぬ思想は時に人々の誤解を招き、脆弱な考えだと称される。

だがセンリは純粋に人の心を思い、そしてそれが人の為になると心の底から考えている。


曇りのない笑みは眩しかったが、それでも大蛇丸は、目を逸らすことはしなかった。いつまでも見ていたいような、美しさだった。
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