- ナノ -


木ノ葉隠れ創設編

-扉間とイズナ、大蛇の子-


センリは里の中でも比較的顔が広い方だったが、今では人がどんどん増え、それに比例して知らない顔の割合の方が増えつつあった。

特に子ども達は里内でも見かける事が非常に多くなった。忍の子どもとそうでない子どもの区別はつくが、それにしても街を往く小さな姿は目にしない時がない程だった。



センリは公園で駆け回る子ども達に手を振って、街とは逆方向に歩いていた。センリが住んでいる家は里の端の森を少し過ぎた所にあり、近くには他の住居はなくとても静かな場所だが、それとは反対側の森の周辺には家々が新しく建ち並び始めたと聞いたのでどんなものかと見に来ていた。

里の端から端までは歩くと結構な距離がある。街から少し離れれば林に囲まれた演習場や森が目立つようになって、だんだんと人気もなくなる。しかし今までただの森林地帯だった所にはぽつりぽつりと家が見受けられた。


『(人がいる気配がないな……。もしかしたらこの辺に住んでるのは忍の人なのかな?)』


周りが鬱蒼とした木々だけになり、昼間だというのに差し込む陽の光も弱くなってくるとさすがにもう家は無いだろうと思い、センリが引き返そうかと考えた時。


『…?』


ふいに人の気配がしてセンリは辺りを見回す。
すると木の幹に紛れるように一人の子どもが立っていた。今まで気付かなかったのかセンリはびっくりして一瞬目を見張る。

子どもは無表情でセンリを見つめていた。色白の、長い黒髪の子どもだった。目の周りに隈取りがあり、陽の光が届かない森の中だとはいえその肌の白さが際立って見えた。

センリは不思議に思って声をかけようとすると、その子どもが手を前に出し、センリの横の木を指差した。


「……蛇が」

『えっ?』


その子どもが指差した方向を辿るとセンリの右横の幹で、確かにそこに巻き付くようにして蛇がチロチロと舌を出していた。蛇がいるから気をつけろという事なのだろうか。センリはもう一度子どもを振り返って微笑んだ。そして幹に巻き付いている蛇に手を伸ばす。


『おいで』


蛇は何秒間か頭をもたげて小さくユラユラ揺れていたが、センリの手に頭を絡めて幹から移動した。そこまで大きくない蛇で、毒が無い種類だったが子どもは驚いたようにそれを見つめていた。

センリは何の迷いもなく絡みついた蛇の頭を人差し指で撫でた。


『……そっか。道に迷ったんだね』


センリが腕に巻きついた蛇に向かって言うと蛇はシューという空気が漏れたような音を出した。


「蛇と話せるの?」


今度は子どもが声を発したのでセンリはそちらを向く。


『うん。動物なら何となく言ってる事が分かるんだ。この子、森を散策してたら道に迷っちゃったみたい………あなたのお家は……なるほど、そっか、私の家がある方か。それならあっちだよ』


センリは蛇が巻きついた手を地面に近付ける。すると蛇は地面にするすると降りて、一度センリの方を振り返るように見た後そのまま地面を這って消えて行った。

物珍しげな子どもの視線に気付いてセンリは微笑みかけた。


『君は、どうしてここに?』


子どもと目線を合わせるように膝をつく。その子のまるで蛇のように縦に切り込まれた瞳孔が微かに揺れた。


「…さっきまで修業してた」

『修業?って事はあなたは忍者なんだ!』


額当てをしていなかったので一目では分からなかったが、子どもは深く頷いた。


「あなたの事は、知ってる。すごく強い、忍の女神だって、みんなが言ってた」


子どもは真剣に言ったが、センリは笑いを浮かべた。


『ええっ?それって私の事?…私はセンリっていうんだ。あなたは?』

「……大蛇丸」


センリの問い掛けに数秒遅れて子どもが声を発した。抑揚のない、小さな声だったがセンリはきちんと聞き取った。


『大蛇丸…くん』


大蛇丸と名乗った子どもは中性的で一瞬女児にも思えたがセンリが確認するように言うとその首がまた縦に動いた。


『修業なんて偉いね。いくつ?』

「…もうすぐ十歳になる」


綱手と一緒だなと思ってセンリは微笑む。大蛇丸は未だに無表情だったが、その目は少し不思議そうに丸くなっていた。


「蛇……好き?」


藪から棒に大蛇丸が問い掛けてきた。


『蛇?うん、好きだよ。かわいいよね』


随分唐突だなと思ったがセンリが素直に答えると大蛇丸の口元に小さく笑みが広がった。


「この辺は蛇が多く出るからみんな嫌がるんだ。だからここで修業してる」

『そっか。大蛇丸くんは蛇と仲良しなんだね』


大蛇という名がついているだけあって蛇が好きなのだろうか。センリが笑って言うと彼は深く頷いた。


『でもたまには街の方に来てよ。そしたら私とも遊ぼう』

「どうして?」


大蛇丸はセンリの言葉を聞いて疑問そうに問い掛けてきた。頭の上には疑問符が浮かんでいるようだった。センリはやさしげに目を細める。


『どうしてって…また大蛇丸くんに会いたいから』

当たり前の事のようにセンリが言うと大蛇丸の顔にはますます疑問が広がる。


「僕に会いたいの?」

『うん。だってせっかく今日出会えたんだもん。また次も会いたいでしょ?』


大蛇丸は首を傾げてセンリの顔を見ていたが、ふっと声を出して微笑んだ。


「……変なの」

『ええっ、変じゃないよ!』


センリがショックを受けて口をパクパクと動かすのが可笑しかったらしく大蛇丸は手で口元を覆った。くすくすと笑う大蛇丸の表情はやっと年相応に見えてセンリは少し満足した。

するとその時頭上で鳶のピーヒョロヒョロという鳴き声が聞こえてきてセンリは木々を見上げた。鬱蒼と茂った葉で分からなかったが太陽は真上から傾き始めていた。時刻でいえば午後三時過ぎだ。もうすぐおやつの時間だななどとセンリは思っていたが三時に扉間のところへ呼ばれていた事を思い出した。


『わ、忘れてた…!』

「?」


時間に厳しい扉間との約束の時間に遅刻をすると必ず説教を受ける。センリは慌てて立ち上がる。


『大蛇丸くん、私、もう行くね!気を付けて修業するんだよ!』

「え、」

『また会おうね!』


大蛇丸が何かいう前にセンリは振り向き、そして次の瞬間には粉雪のような光と共に消え去っていた。突然取り残された大蛇丸は何度か瞬きをした後よく考えて、呆気にとられている自分が何故か可笑しくなった。


「(センリ、様…)」


花のようないい香りを纏ったセンリの姿が消えた方向を見つめて大蛇丸は暫くその場に立ち竦んでいた。薄暗いはずの森に陽の光が直接差し込んだような、奇妙な風景だった。
[ 158/230 ]

[← ] [ →]

back